1/19(月)
母校の事務局に伺う用事があり
日帰りで横浜(六角橋)まで行ってきました

午前8時15分過ぎに自宅を出発
午後8時50分最寄り駅発の🚃電車に乗り高崎駅まで出て
そこから🚃湘南新宿ラインで渋谷駅へ
10年くらい前まで川崎や横浜には通っていたのですが
山手線の西側を回ることは皆無だったため
来たのがおおよそ四半世紀ぶりです
渋谷駅は立派な駅ビルになっていました

案内の通りエスカレーターを降りていき
東急の改札口へ
最寄りの駅までの料金は310円🎫
以前はとにかく安かった印象でしたが時代の変化と共に変わっていくものだと感じました

乗った電車🚃が新横浜行き
日吉駅でみなとみらい線と分岐する路線ができていてビックリ❗

途中でみなとみらい線へ乗り換えて白楽駅🚉へ
東急の駅にもことごとくホームドアがあることにもビックリ❗
昔は営団地下鉄くらいしかなかったはずです
しかも日吉駅までは昔と景色が違います
平面を走っていた印象でしたが今は高いところを走っています
特に昔住んでいた元住吉は高い位置しか見えませんでした

綱島駅あたりからホームドアを抜かせば四半世紀前と同じ景色
無事に目的地の白楽駅へ

電車を乗り継ぎ3時間半強

「はぁ~るばる来たぜ白楽」
(ただし、ここから更に歩いて目的地まで15分かかるのです💦)

改札から出て
最初に忘れないよう帰りの🎫切符を買いました
東口は商店街の反対側です
既に営業していないアコムのレンタルショップ跡は何処だったのだろうか?

定番の商店街側から歩くため西側を階段で降りていきました
元々駅が坂の途上にあるため東口と西口の高さが違うのです
そのため東口にあわせて元々改札ができていたので
位置の低い西口は階段を登り降りする必要があった…のは昔の話

エスカレーターが設置されていたのにもビックリしたのだが
西口で渋谷方面なら階段を昇降せずに
ダイレクトにホームに出入りできる改札ができていました!

周辺のお店の移り変わりにも驚きつつ
昔の店舗が残っているのをみるとノスタルジーを感じます
駅前のマックも静岡銀行も建物はリニューアルされているものの
30年前同様健在

駅から少し坂上にあったレンタルビデオショップは無くなっていたものの
建物の上部に看板が残っていました

白楽駅の入口から商店街を下っていこうとすると
どこかのお店PRでティッシュをもらいポケットに入れたのですが
少し歩きポケットに手を入れると指に鈍い感覚>_<
もらったポケットティッシュの中にA4のチラシが織り込まれていて
その端で指を切ってしまっていた
と思ったら
そのお店の前で更にスタッフがティッシュを配っていました
でも怒ったり突っ込み入れることなく再びもらってしまっていました

商店街の店舗も大分変わっていて
ミスドも中華料理屋の泰平楽も既になくなっていました

六角橋の🚥信号を越え更に歩きます
普通なら正門から入っていくのがセオリーなのですが
目的があって別ルートを通りました

地域全般的に人が住まなくなり空きスペースになった場所が増えたせいなのか
コインパーイングが至る所にありました

最初の目的地は昔住んでいたアパート
大家さん一家で営んでいた商店や食堂のある建物の一角に3部屋スペースがあり
その一番丁字路寄りの場所
建物は変わっていませんでした
ここに住んだのは大学の3~4年生の2年間でした
わたしは最初の2年間を元住吉から電車通学していました
大家さんが営む食堂の常連として部活仲間と通っていたことから
空き部屋ができたタイミングでありがたく誘ってもらいました
最後の2年間は大学の近所に住まわせていただき通学が大変楽でした

部屋の直ぐ脇にあった郵便📪ポストもそのまま残っていたのですが
道路が拡幅され反対側が広くなっていたし
道路向かいに昔なかった住宅ができていました

大家さんが営んでいた食堂は別のお店となっていて
30年前はお婆ちゃん(奥さんのお母さん)がやっていた並びの商店は閉店
大分前にシャッターが閉まって入り口にも自動販売機が並んでいました

もしかしたら「誰も住んでいないのか」と思いつつも
アコーディオン状の門の奥に玄関がある
モニター付きのチャイムを鳴らして名乗ると奥さんが出てきてくれました

色々とお互い経過を話し
座れる場所がなく立ち話で申し訳ないと思いつつも20分ほど話をさせてもらいました
名残惜しかったのですがその場を後にしました
坂を登って目的地である大学へ向かうのですが
歩いて振り返る度に奥さんがずっと見守ってくれていました
姿が見えなくなるまでそうだったのでしょう本当にありがたかったです

大学の裏門から入ると入って直ぐのところにゆうちょの🏧ATMがありました
歩いて10分位のところにも🏣郵便局はあるのですが
色んな地域から学生が集まっているので一番使い勝手が良いのでしょう
わたしも学生時代は他にも口座を持っていましたが
ゆうちょの口座は送金にも融通が利き大変助かりました

裏側から歩いて用事のある1号館へ向かう前に正門の方へ歩いて行きました
1号館とは鼻の先なのだが違和感を感じました

昔と比べて開放的になっていました
以前の様な高い壁がなくなり様々な方向に入り口が設けられていて
昔あった部室棟も取り壊され広い🚲駐輪場になっていました

用事のある1号館で親切な職員に対応してもらい書類を発行してもらいました
ねぎらってくださった様子に、ここまで来た甲斐があったとありがたみを感じました

その後
事前に用意してあった(前日のどんど焼きに従事して支給された2個のおにぎり)食事を外のベンチで座りながら食べました
横浜は群馬より暖かいです

帰りにも周辺を回り景観を撮影
昔あったゲーセンも雀荘もジャジーもビリヤードのお店もなくなっていました
昔あったスーパーは業務用スーパーに変わっていて
その上の2階にレンタルビデオショップのあったテナントは募集中となっていました

今は大学の入り口だけではなく
通学路にも警備員が配置されていることにもビックリしました

そのまま白楽駅まで15分ほどの道のりを歩き🚶
各駅停車から途中で急行🚃に乗り換え渋谷駅まで行き
そこから埼京線で赤羽駅まで向かい
上野方面からきた高崎行きの🚃電車に乗り換えて
更に高崎駅からローカル線に乗り換え地元駅に戻りました
高崎駅のプラットホームで電車待ちをして「寒い!」と感じ群馬に戻ってきたことを実感しました

午後6時頃には帰宅したのですが
12年前の秋に🏥腹腔鏡手術をしたあと
少ししてから遠出をする事がなくなっていたので、とにかく疲れました

大家さんは🍽食堂のマスターだったので
(昔は喫茶店だったからかもしれません)
お店が【ダックス】だったこともあり
わたしたちは【ダックスのマスター】と呼んでいました

マスターの話はしなかったのですが
84歳になったマスターの奥さんは雰囲気が昔と変わらず
大病を患ったものの日々散歩などをして元気で暮らしているとのことでした

四半世紀ぶりに会えて色々と話をさせていただきましたが
学生が変わった感じがして接するのが怖いと仰っていました

お店をやっていた時分は、学生と近いところでやり取りをしていたり
学生がお子様と同世代だったりしたことも親近感を抱いていただけたのだと思います
それが最後の姿が見えなくなるまでの見送りに繋がっているのだろうと感じました

今回は書類を預かる必要に迫られたこともありますが、実は一昨年に渋川市役所を退職して、落ち着いたら是非、この場所に来たいと思っていました

今現在が人生の転機であり自分自身を再認識するためです
人は変わりません
だからこそ自分自身を見つめようと思いました

「また会いましょう」
28年前の卒業時に故郷へ送り出してくれて
その2年後の平成12年に夏休みを使って食堂にきた際にも夫婦で「また来てね」と行ってくださいました
四半世紀ぶりの再会だったのに「また会いましょう」の言葉を頂きました

また来ます
次に会うときも、また、よろしくお願いします😃