この世は天国か地獄か。
この世は天国、私も天国。あらゆる素晴らしい喜びが私たちに与えられる。この世の実相とはそう云うものだ。この世がまず間違いなく仮想現実、バーチャルの世界だとすると、愛と喜び、自由の神々の天界の一角に特設された愛や喜びと正反対のものを味わえる体験型人生ゲームというところだろうか。その証拠に、瞑想に入り真に心が鎮まった先には宇宙背景放射のように喜びが広がっていると云う。よく観察するとこの世の実相とは、喜びなのだ。つまり言葉の通り、天国なのである。いつもこの世は天国だと言ってる人には天国の環境が与えられるだろう。いつもこの世は地獄だと言ってる人には地獄の環境が与えられるだろう。私やあなたが、いつも思考し、言葉にするものが見事に与えられる。人に愛を与え続ければ、私たちに帰ってくるものも愛だ。人に憎しみを与え続ければ私達に帰ってくるものも憎しみだ。愛や喜びなどのポジティブな性質のものはもちろん、憎しみや嫌悪、苦しみなどネガティブな性質なものまで私達は自由に選ぶ。意識しようと、または意識せずとも選んでいる。最初から与えられた当たり前の喜びでない分。憎しみや苦難を、味わったり潜り抜けた先に手に入れる喜びである分。自ら選び取り勝ち取る喜びである分。その分、この世の愛や喜びには、ある意味、神々の天界のそれよりも価値があろうか。宇宙誕生から百数十億年といわれる。地球誕生から四十 五億年といわれている。我々の人生、僅か百年と云う一瞬にこそ綺麗な愛、綺麗な喜びが咲いたなら。それもまた、その価値を高めるのかと惟う。