こんにちは~ず~っと放置状態なのに、毎日たくさんのアクセスありがとうございます。

今年は、海外に行く予定ができたり何かと忙しくなりそうな予感です。

おもうところあって、ブログを移動しようと思います。


リンクいただきにまいりますね。

よろしくおねがいいたします。

http://ameblo.jp/tenshinosarongraceful/

こちらにうつりますね。


よかったら、引き続きおつきあいくださいね。


浜田麻里姐さんです。

かっこいいよね~。50近いってヽ((◎д◎ ))ゝ????

この美貌、この声、この実力。。。

バックはBZの松本さんですよ~。


常に現状に甘んじることなく、今の自分に革命おこし続けたいなって思ってたとこ。

現状維持は退化だもんね。

光の杖TM名前リーディングも常に創造と破壊だものね。


あなたが常にこの世の光の杖でありますように!

私が光の杖でありますように!



寺田姐さんかっこいいよね~。

降ってきたね~。。。

集中豪雨注意しなきゃね~。

私、個人的には、雨の日って集中力が高まる気がして、嫌いじゃないんだ~。


息子の宿題見てやって、

又明日から宮城の祖母のとこ行ってきます。


ちょっとまたコメントやらメールのお返事が遅くなりますね~。

ご了承くださいね!

SHOWYAで楽しんでください。


10日~宮城の祖母のお見舞いに行き、14日に帰路につきました。

14日売店を見ると、歴史街道という雑誌が目にとまりました。

私も自称ですが、歴女のはしくれです。

買わないわけがありません。

しかも、大見出しが大阪夏の陣。。。

私も過去世おりましたし、

映画でもプリンセストヨトミが公開されるなど、気になって仕方がありません。

新幹線の中で読み進めていったところ、大阪夏の陣以上に目にとまった記事がありました。


平泉の記事です。

作家の高橋克彦さんが執筆されていました。

平泉は世界文化遺産にも登録されたばかりですし、私は小学校一年生のとき近くに住んでいたのです。

気にならないはずはありません。


記事はどのような思いで、この平泉が作られたか、なぜ、登録されたかなどがかかれていて、

とても感動したので、この高橋克彦さんの文章をばっすいして、ご紹介したいと思います。


この平泉は奥州藤原氏の初代清衡の万人平等の国をつくるという浄土思想にもとづき、たてられたものなのです。



万人平等というと、ただの理想主義のようにかんじるかもしれないが、

この藤原清衡と言う人物政治家としてもすぐれていて、仏教に力を入れるということは

当時の仏教というのは最先端技術をもった建築家や、技術者が必要だったわけで、

そのような、人材を集めることは、最先端の武器をつくるのにも都合が良かったわけです。

平和を守りたいと言っても責めてこられてしまえば戦わないわけにもいかないわけで、

十分な軍備を備えることで、平和を守ろうとも考えたわけですね。

スイスの考えに似ているかもしれませんし、坂本龍馬の考えにもにているのかもしれませんね。

実際藤原三代の秀衡の時代には十七万騎と称される強大な兵力を誇っていて、
源頼朝が警戒していたというのです。
実際のちに義経を匿ったことで、頼朝に滅ぼされてしまうのですけどね。


平泉に最先端の技術をあつめ、万人平等の志を浸透させると同時に最先端の軍備と戦略で奥州の平和を守ろうとしたわけですね。


筆者は日本の中世において、
万人平等の理想と、現実的な軍備をもった理想国家たりえたことは、
世界史上の奇跡といっても過言ではない。といっています。

実は一説にはマルコポーロの東方見聞録の黄金の国ジパングのモデルは
平泉の中尊寺金色堂であるといわれているそうである。

けして、京都の真似だとか、黄金がたくさんとれたから造られたという理由ではなく、

現世浄土をこの世にもたらそうとの考えに基づいて、たてられたというのです。

現世浄土というのは、
死んだ後の万人平等の世界を現実世界に見える形で、出現させようというものです。

この現世浄土の考えに基づき、万人平等の国を目指して造られたのが平泉なのです。

まさにアセンション。現代につうづる考えですね。


清衡の読み上げた落慶供養願文

「鐘楼の音の功徳はあまねく皆平等で、敵味方の区別はない。
故なくして命を落とした彼らを弔いたい。そして奥州を仏土としたい。」


筆者は清衡は万人平等を志し、それを平泉で実現したと論じ、それを確信していると書いています。
しかし、その後の敗北により、それを証明するものは皆無になってしまっていた。


しかし今回、大震災が起きたことにより、
図らずも、平泉によって培われていた、「万人平等」の精神が目に見える形で現れました。

御自身が被災されたのにもかかわらず、他の被災者をおもんぱかるかたがたや、

両親を失った子供たちが、もっと辛い人がいるといって、他の人を思いやる様子を見て、

世界中が東北の人々の言動に胸をうたれたのです。

ユネスコも「この地にはかつて、万人平等の理想国家が本当にあったのではないか。」

と気づかされ、平泉を世界文化遺産としたのでしょう。

平泉の理想国家としてのありかたは、歴史や史料にこそ残されてはいませんが、

東北の人々の血の中に孫うことなく息づいていたのです。

東北人の心に「万人平等」の精神が息づいているならば、

新たな理想国家を築いていくことは決して不可能ではありません。

そしてまた、清衡が平泉で実践した国作りは決して古びたものではなく、
現代においても通じるはずです。

これから東北の復興を期する上で、平泉と、奥州藤原氏の歴史は

われわれに多くの示唆を与えてくれるでしょう(談)


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最後のほうほとんどばっすいになってしまいましたが、歴史街道9月号おすすめです。


私は高橋さんの記事に感動し、大きくうなずいてしまいました。

平泉、ほんと注目ですよ~。

いままでは弁慶と義経のことにばかりスポットを当てて平泉みてたんですが、


藤原清衡、注目ですね。


機会があったら、名前リーディングしてみたいと思います。


今日はこの辺で。。。



きょうも良い一日をお過ごしくださいね~☆