こんにちは。今日は何故か、言いたいことが沸いてくる日です(笑)
よく、自殺したいという人の話を聞かせていただくと、「心配かけて、迷惑ばかりかけているから、生まれてきてはいけない人間なんです。」 という言葉が出てきます。
これまで、何度も聞いてきた言葉です。
でもね、心配するというのは、こころを配ることなんですよ。
あなたのことにこころを配ってくださっているのですね。
これは、迷惑とは、違うのですよ。
類語を調べてみると、こういう結果があります。
焦り ・ 焦慮 ・ 憂慮 ・ 切迫感 ・ 苦悩 (が深い) ・ (一喜)一憂 ・ やきもき ・ 安心できない (感じ) ・ 胸さわぎ (を感じる) ・ 気をもむ ・ (心臓が)ドキドキ ・ はらはらして(見守る) ・ ヒヤヒヤする
これは、心配している人の状態ですね。
もしも、こころを配ることが、迷惑だと、本気であなたが思っているのなら、きっとあなたは周りの人々にずいぶん迷惑かけられていらっしゃったと思っているのでしょう。
親は子どもに、こころを配ります。それを、昔から、親心といいます。
親心とは、ありがたいものなのですよね。
子どもがいなければ、こころを配りたくても、配ることは出来ません。
心配することの出来ることは、実は幸せなことなんですよ。
一方 迷惑というのは、「人の行為によって迷い悩むことなんです。」
迷惑だと言われたのなら、迷惑なのでしょうが、そうでなければ、迷惑ではないんです。
それに、迷惑かかっても喜びを感じているのかもしれませんよね。
不登校のお子さんや、引きこもっているお子さんは、こんなことも考えていることもありますので、親御さんは、頭の隅にでも覚えておいてくださいね。