帰国後
僕は地元の祭りで威勢良く日本の夏を思い出す
やはりこれだ、と軽い握り拳を作って、掌の汗でアジアの湿気を感じる。
道行く人の電話声、商店内に聞こえる世間話
自分に関係の無い他人の会話が意識もせずに理解できてしまう日本語に取り囲まれた環境
若い連中の原型を留めない汚みだらけの日本語は不愉快を極める。
景色は何も変わっておらず、この10か月の経済的な停滞を伺わせている
政権交代だそうで、そうですか、やってみてくれと思う。
犬はボケが始まって足腰が悪くなっていたものの気力は十分、まだ生きる
猫は若干メタボっているが闘争心の欠片も無い猫柄で日に何回か癒してくれる
亀は相変わらず、眠るとも醒めるとも無い彼等独自の次元の中で生きている
僕はただ、まだ仕事もせず、息をしている、ゆっくりと。
登山
旅の安全祈願で登った山にお礼参り
昨年より2週間遅い北アルプス、白馬岳
10ヶ月歩き続けた自分の身体状況の自己判断も兼ねた。
8月23日 夜 千葉出発
神輿を担ぎ倒した翌日という事もあり全身に筋肉痛
ETC日曜割引で首都高以降中央道長野まで1000円、高速道路無料化賛成
早朝3:00現地1500m付近の駐車場に到着、星を見て仮眠
8月24日 朝 6:00 行動開始
天気良好、気合い7分目、初めて登る山では無いせいでどことなく落ち着いている自分
ゆっくりと森林帯を抜け、クランポンを装着した足で雪渓を踏む
時折、年配連中のツアー客を足早に抜きながら自分のペースを保つ
心配していた連れの体力とポテンシャルが去年の自分以上だったので安心と嫉妬。
今年は少しボリューム感の大人しい雪渓が終わると
心臓より下半身、特に脹脛に効く岩場があったはずだったが、崩落によって地形が変化していた
崩れた石岩の間を無理も無く通り抜けてくる雪解け水の上、それに掛かる渡板を颯爽と歩く
ほんの少し靄掛かる夏が終わった花畑、石積みの階段を上がると山小屋がある
予定より1時間早くその日の野営地に着く、テントサイトはピークシーズンが過ぎたお陰で静かだった。
テント設営、ビール、小休止
すり鉢状のテント場からでは掛かったり流されたりする雲しか見えず
酒に酔った心臓を震わせながら頂上へ
そこには、初めて見る景色が去年と同じ場所と高さから見える
大気の流れ、雲の成り立ち、太陽の熱、風の定め
下界では見る事の出来ない、当然そこにあるもの。
日没後は予想以上の冷え込みで連れと共に参った
夜の気配は夏の後からやって来ていて、そいつは冬の友人か秋の親戚
目が覚める度に、凍てつく外気を嫌いながら星の祝福を確認する
幾つか流れるのを見ると密かに興奮しながら満足して寝袋に戻る
周りには何人かいるはずなのに連れと僕以外、誰も居ない様に感じていた
闇と静寂が支配する夜の中の夜。
8月25日 寒すぎる朝
テントを片付ける気になれず7:00まで寝袋に入ったまま朝食を済ます
コーヒー豆を忘れたせいで一杯450円の濃くないコーヒーを山小屋で飲む、日本は物価が高い
若干ながら温まってから体の調子を確認し、いざ
心臓破りの杓子岳ガレ場でこの日の長い下山が思いやられる
その日の雲海は肌理細やかで微動だにせず地表を覆っていた、静けさの音、姿
鑓ヶ岳を横目に霧でも靄でもない水蒸気のガスが広がる眼下に伸びる下山道
概ね曇り模様だったせいで日が出ると心浮かれ、大して疲れて無くても立ち止まる
そんな調子で2100mの温泉に到着
硫黄の効いた源泉で適温のいい湯に浸かりカップスター醤油味を無心で喰う
体が温まり腹が一杯になると行動意欲が薄れたが、どうにか下山しなければならない事を思い出す
膝が笑った前回より向上した体の動きを楽しみながら
時に小さな登りをクリアしながら下る
岩、野、森、雪、沢、崖、この山は頻繁に表情が変わるので一瞬も飽きない
ころころ表情の変わる人間は嫌いだが、まぁ、いつも同じじゃつまらない
山中1泊では物足りなかったのか、物悲しい下山を終え駐車場に立つ
乾杯はコーラと三ツ矢サイダー
少し硫黄臭い体を山水で拭いて開放感のある服に着替えると車は走り
前回立ち寄った美味い蕎麦屋が閉店の時間だったので
途中、お焼きをつまみ食いしながら帰路へ着く。
自宅の布団は厚くないが、何よりだった。
懐かしい自分の写真を旧友から受け取り冷や汗
8年前、僕がバックパッカーに成る前のコイツ
パンクなロックでメランコリック、アウトロー気取りで排他的
お前は今、俺としてこうして此処に生きているが
気分はどうだ?と、聞いてみる
そのまま行け、と言いやがる
ストーリー性に乏しくとも
過去の自分と今の自分、今の自分と未来の自分が
お互いを認め合えれば、それでいい。