あの子を迎えた夜のこと
2009年、3月のまだ寒い夜
迎えに行った彼女は持ち手のついた段ボールに入れられて私達の手に渡された
それはまるでケーキ屋の箱のようでなんだか可笑しかった
何度か面会してきたが
初めての日は黒いネズミ
手のひらに乗るほど小さく毛はまるで濡れているようにしっとりと体にはりついているようだった
目は開いておらず、母犬を探して顔をあげたり下ろしたりしていた
2回目は一変、毛むくじゃらのふわふわした黒い塊になっていた
開いた目は少し不機嫌そうであくびをした時の舌はこの時すでに長かった
そしてこの夜の彼女は更に毛むくじゃら度があがってモソモソと動いたりピーと鳴いたり
ペットショップなどでも見たことのある私の知っている〈子犬〉の姿となっていた
「今夜は夜泣きしても相手にしないで、しばらくしたら諦めるから」とブリーダーに言われたが
お母さんと離れた子犬が一晩で泣き止むのだろうか?と逆に不安になったのを覚えている
フードの説明、寝床の説明、あまり構いすぎない事、トイレの説明、色々聞いたが初めて犬を迎える人間にする説明にしては不充分だったと今にしては思う
けれど、言われたことを守っていれば大丈夫だろうと思っていたのもやはり〈初めての犬〉ゆえ、
私達は犬を飼うことの大変さをわかっていなかった
何もわかっていなかったといえば、後からペットショップで並ぶ子や、周りの飼い主さんの話などを聞くにつれて、彼女を破格の値段で手に入れたことに気付かされた
もちろん、知り合いの方が家でブリーダーもやっていた方だった、という偶然がもたらした幸運だ、と今も信じてはいるけれど
話が逸れたが
一軒家の玄関で手続きを一通りして、さぁ!と渡された段ボールを抱きしめ、私達はその家を出て長い階段を降りていった
月の光の射すその階段を
普段から神も仏もなんぼのもんじゃいと言って憚らない私にしては珍しく〈天からの階段を降りているみたいだ〉と思った
きっと、胸に抱いた箱の中の小さな命が
私の感覚を狂わせるほど厳かな雰囲気を醸し出していたのだと思う
車に着き、後部座席に乗り込み、脇に箱を置く
箱の中からゴトゴトと音がする
たまらずに上から覗いてみると
出ようともがく黒い塊
手を出してみるとガブリ!と噛まれる
もうそこからは暴れまくる黒い塊
噛みつきまくる黒い塊
犬に噛まれるなんて人生初の経験な私
痛い痛いと大騒ぎする割には
箱を閉じてしまうことができず
「もうすぐだからね、ごめんね怖いよね」と声をかけながら
結局、家まで指を噛まれ続けた
つづく
