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コーヒーカップを持ち上げる手をふと止めて、
「昨日はどちらへ?」
と訊く優野。
穏やかな口調だが、目だけは何かを探るような鋭さを内に宿している。
「刑事さん、俺は被疑者か何かなのかな?」
光樹の皮肉めいた言葉に、彼は「これは…」とその顔をすぐさまにっこりと崩して笑った。
「すみません。捜査に協力してもらってこうやっていつも美味しいコーヒーまでご馳走になっておいて、犯人扱いはありませんね…。そんなつもりはなかったんですが、これも職業病ってやつです。どうか大目に見てやってください。ところで今日は助手くんが見えないようですが?」
「ああ、図書館にでも行ったかな…彼になにか用でも?」
「いいえ、逆に好都合です。一度あなたとゆっくり話がしてみたかったもので…」
「俺と…?」
光樹はぷっと吹き出すと他人事のように言った。
「変わった人だな…あ、忘れるところだった。今回の事件は解決したよ。もうホームページは改ざんされないから安心して―――」
それを聞いた優野が憤怒の感情を露わにしたことは言うまでもない。
「先生!どういうことです。我々に犯人を引き渡さないつもりですか?!」
「どうせ捕まえたって執行猶予だろう。見逃してやれよ。実はきのう本人に直接会ってもうやらないことを約束させてきた。だから一件落着ってわけだ」
淡々と喋る光樹を呆れた顔でみつめていた優野は、やがて放心したようにため息をもらした。
「あなたって人は…」
そのまま窓際に歩み寄り、ガラスに手をついて外の景色に目をやった。
「あなたは7年前、恋人をストーカー被害で失くしている。犯人はその場で命を絶ち、あなたに残ったのは警察への恨みだけだった。それからずっとあなたは我々を憎んでいるんですね」
「よく調べたもんだ。あの時の警官があなたのように有能だったら…でもその推測はちょっと違うな」
「?」
「俺は警察は嫌いだが、恨んではいない。恨んだのは俺自身だ。何もできなかったことが悔しくてずっと自分を責め続けてきた。だから奴の気持ちがわかった。無意味なこととはわかってても、八つ当たりとはわかっていても、ああせずにはいられないっていう奴の気持が痛いほど…」
「もしかして改ざんの犯人もストーカー被害に?」
「そう…被害者のたったひとりの遺族だ」
しばらく沈黙していた優野は、ため息交じりに、
「まったく…あなたって人は―――」
と、さっきと同じことを言った。
しかし、不思議なことにその声はさっきとは比べ物にならないくらい明るかった。
「さてと…それじゃ帰ります。本庁に帰って報告書をまとめなければいけませんから。しかしこれは実に難しい…あなたのおかげで僕はこれから悩まなければいけません」
「悪いな…その埋め合わせと言っちゃなんだが、またコーヒーでも飲みに…」
「その言葉忘れないでくださいよ」
優野は親指と人差し指を立てて作った手の銃を光樹に向けると、バンと打つ真似をした。
「ひとつ気になってることがあるんだが…」
踵をかえした優野の背中に光樹は声をかけていた。
「?」
振り返る優野。
「こないだ俺に個人的に興味があるって言ったが―――」
そのとたん、優野は照れくさそうな笑みを浮かべると、言おうか言うまいかためらっているようだった。
が、やがて顔を上げるとふっきれたように淡々と言った。
「あなたは、僕の初恋の人に横顔が似てるんです。もちろん女性ですけどね」
<終わり>