いたたたっ
しばらくはゆっくりリラックス
見ないふりしてた部屋の中も
6月になったら…と思っていたのに
いろんな方々に仕事も終わったから…
次の仕事までに…と誘われて(;^_^A
31日 ラストでそのままご飯

と、デザート

明けて3日夫婦で海老ラーメン

5日は運動会にお呼ばれしてご馳走

6日、息子と二人ご飯で山岡家
7日、夜宴会…
8日、ランチに大好きなナポリタン(外食)
夜はこれまた話の流れで…

9日、ランチで…

ディナーで…



…デザートで

12日、ディナーに…

再び大好きなナポリタン…
で、とうとう今朝から
酸っぱいものが上がってくる(*_*)
空腹感も無く…ヒリヒリと
やっちゃいました!
絶対に胃袋裂けてきてるんだ!
全部美味しかったよ
でも、お財布と胃がヤバイことになりました
いい歳して何をやってるのか!
もう2度としないように!
忘れないように!
ここに残しておきます(>_<)
はぁぁぁ、痛い(ノ_・。)
母の日
今ごろ疲れが出てる私…
息子が帰ってきて元気な顔をみて
あれよという間に帰ってしまい
やれやれ…と思っていたら
おととい届きました(^^)

ちらっと見えてるけど(笑)


カメラを向けると入ってくるワン(笑)

カーネーションとどら焼きの贈り物
ありがとうって連絡したら
遅れちゃったわ…って
その気持ちだけで充分(^^)
実はゴールデンウィークに
娘とお買いもので上着を買ってもらって
大満足していたところだったから
思わぬ息子の贈り物に心が踊ったけれど
人に話すのも照れるから
ここで自慢しちゃった(笑)
母の日だけじゃなく毎日優しくしてね~
反抗期の末っ子にも彼女ができれば
少しはとんがったところ丸くなるかなぁ
自分の母にも来週電動ベッドを贈ります
まあ、姉妹3人で…ですがね(笑)
組み立てられるか今から不安…
親として
熊本で起きている地震災害は1993年に起きた南西沖地震の時
…規模の差はあるでしょうが…少なからず経験して本当に怖いものだと…
あの時はだ~様は長期の研修で自宅を離れ長女と二人のんびり暮らし
当日は長女を寝かせ夜更かしの準備をしていたところに
静かに襲いかかるように激しさを増す揺れに長女を抱え一歩も動くことができず
「もうやめて!」と何度も叫んでました
気付くと窓の外からも「大丈夫か!」「けがはないかー!」と多くの叫び声が聞こえ
人の声に安心しつつも普段聞き慣れない叫び声に恐怖を感じ
小さな余震の中、テレビの中の奥尻を呆然といつまでも見続けていました
当時住んでいたところは学生寮や下宿の多い若い人の多く住む場所でした
地元を離れ一人暮らしを始め楽しんでる子も寂しい思いをしている子もいたと
思いますが、当時は自分の初めての子育てで一杯で近所の学生のことなど
気に止めることもなく生活していました
あの時の心配する叫び声はそんな学生達を気遣う近所の大人たちだったのだと
恐れる声では無かったんだと改めて気付かされました
寮が潰れまだ若い尊い命が二人も失われたことに悔しさになぜ!と歯がゆい思いも
ありながらあの惨状で犠牲者がそれ以上にならなかった事が不思議であり、救われる思いです
ご両親が半壊の自宅で近所の人の通報によって5時間もかかりながら無事に救出され
涙する離れて住むという息子さん…
彼も反抗期や親との諍いやすれ違いもあっただろうに救出され疲れ果て憮然とする父に
かけた「良かった!」の言葉
親として…
親となったからには子は我が子だけにあらず
自身の健康と安全が子の生きる後押しになる
北海道は熊本からは遠いけれど気持ちは間違いなく同じ思いです
1人でも多くの人に笑顔を戻してあげられますように!
http://www.jrc.or.jp/contribute/help/28/ 日本赤十字社
https://www.pref.kumamoto.jp/kiji_15416.html 熊本県
http://www.city.kumamoto.jp/hpkiji/pub/detail.aspx?c_id=5&type=top&id=12513 熊本市
力になれることがあればとの願いから義援金や物資に関する3ヶ所のアドレスを上げておきます
大きな余震が続き、疲れも焦りも大きくなるばかりでしょうが
被災された方の何倍もの人たちがあなたの安全と幸せを思っています
必ず戻ってくる日常のために、生きて下さい!
亡くなられた方々のご冥福をお祈りします
そして、亡くされた方々の心にも1日も早く癒やしが訪れますように








