Je suis egocentrique -2ページ目

【なお】静脈洞血栓症❻〜感謝〜

大きな病院を退院してから約1ヶ月半が過ぎようとしています。
幸い家ではまだ痙攣の発作はおきていません。朝晩2回の薬を飲ませていると言うと、大変だねと皆労ってくれますが、それで痙攣がおきないのならば親としてはまったく苦ではないのです。

まず出産した産婦人科に対してですが、まわりは結構怒っているというか...4400gの赤ちゃんを帝王切開じゃなく自然分娩にしたとか、痙攣に関しても、動画まで撮ってるのにどうしてもう少し早く対応してくれなかったのかとか、いろいろツッコミどころはあるようで、裁判できるで?とさえ言われたけれど。
わたしとしては、もうすべてはそういう運命やったんやろうし、現にナオは今元気に生きているし、恨む気持ちはまったくありません。特に庇うつもりもないけれど、最善を尽くしてくださったのだと思っています。助産師さん看護師さんたちには感謝しかありません。

自分のこどもがまさかNICUに入るなんて思いもしませんでした。妊娠中イライラしてたな、食べ過ぎたな、運動あまりしなかったな、リナを優先に考えすぎたからかな、自分を責めました。母親なら当然です。後向きになって、落ち込んだりもしたけれど、もしかしたら死んでしまってもおかしくなかった状況で、今ナオは生きている。生かされている。それだけで充分だと思うようになりました。そうは思っていても、生きているだけでいい、元気なだけでいい、後遺症がなければいいな、他の同い年の子となんらかわりなく生きていけたらいいな、人間どんどん欲が出てきます。

後遺症に関しては、正直今いちばん恐れていることです。ネットで調べても明確な答えは出ませんでした。
2ヶ月検診のとき、腕に少し緊張があることを指摘されました。それを緩和するために、子宮での体勢と同じように丸い姿勢になるように抱っこしたり、肘をつかったうつぶせ運動をしたりしています。
この緊張が、脳出血によるものなのか、ただの個性で少し硬いだけなのかは、今の時点ではわからないそうです。ただやって損はないし、やっておけばよかったという後悔はしたくないとドクターがおっしゃっていました。
検診では小児科の先生に加えて、脳神経科の先生も診てくださっています。1ヶ月に1回は診て頂けるので、もしなにかあった場合は早期に対応してくださるので安心です。このような環境に感謝しています。

感謝といえば、まわりで助けてくれる親、友達、家族。
わたしの両親はどちらももう仕事をしておらず、いつもわたしたちをサポートできる体制をとってくれています。
ナオを産むにあたって、わたしの入院中リナを泊まらせてもらったり、病院までの送迎、病院面会中のリナの面倒、日常の買い出しなど、日々お世話になっています。お父さんお母さんがいなかったら、わたしたちの生活は成り立たなかった。いつもありがとう。
友達は出かけられないわたしたちのために、家に遊びに来てくれて、リナの相手をしてくれたり、リフレッシュさせてくれます。遠くに住んでる友だちともLINEやSNSでやりとりして、近況報告したり。会えなくてもつながっていられて幸せです。友だちはわたしにとってなくてはならないものだなと痛感しています。オチのない話、相談事、いつも聞いてくれてありがとう。
夫は家事こそしないけれど、こどもの面倒をよくみてくれます。たぶん他の家庭より家にいる時間が長く、どうしても頼ってしまうのだけど、文句ひとつ言わずにサポートしてくれます。この人が夫で、こどもたちの父親で良かったなと思います。いつもありがとう。
リナは絶賛反抗期中で、怒られることも多く、思う存分かまってもらえなくてストレスもたまっているだろうに、ナオとよく遊んでくれます。歌を歌ってあやしたり、一緒にベッドに入ってなにやらおはなししたり。だからナオはお姉ちゃんが大好き。いつもありがとう。怒ってばかりでごめんね。
言い方は悪いけど、ナオがこんなことになったおかげで、わたしたちのまわりにこんなに助けてくれる人がいるんだということを改めて実感しました。感謝しかありません。
本当にいつもありがとう。

ナオ、そのニヒルな笑顔でいつも癒してくれてありがとう。いろいろな検査がんばったね!おつかれさま。家はうるさくて、ゆっくりできないかな?でも皆あなたが帰って来るのをずっと待ってたよ。もうどこにも行かないでね。きっと大丈夫!わたしの子だから強いに決まってるよ!一緒にがんばろうね!


これがナオが産まれてから現在までの2ヶ月間の記録です。
ネットで静脈洞血栓症について調べても具体的な情報があまりなかったので、不安な誰かの目にとまれば幸いです。
わたしたちはもう前を向くしかないんです。痙攣がおきたら、発達遅れがあったら...考えたらキリがありません。まだ起こってない出来事に振り回されるのはバカらしい。問題に直面してから考えたって遅くないと思います。それより、こどもを信じることです。親が信じてあげなかったら、こどもは不安になるし、自信を持てなくなる。
笑う門には福来たる。
いまナオが生きて、そばで笑っていてくれるだけでとても幸せです。



【なお】静脈洞血栓症❺〜退院〜

産婦人科を退院したその日の夕方、ナオが転院した病院に検査結果を聞くため面会に行きました。
両親だけがNICUに入ることができて、その兄弟は入ることができないと知ってびっくりしました。リナは入れないのです。
検査結果も夫と私だけが説明を受けました。
結果は、「脳出血があるかもしれないが、CTではそこまで見れないので、明日MRIをとって詳しく見てみる」とのことでした。
産婦人科の先生は、脳出血は考えにくいとおっしゃっていましたが、やはり検査してもらえてよかったと思いました。
翌日、MRIの検査結果を聞くと、やはり少量の脳出血が確認できたとのことでした。
通常出血は数ヶ月かけて脳に吸収されること、なので手術は行わないこと、痙攣とチアノーゼはおそらく脳出血によるもの、痙攣をおこさないため、脳の圧迫を防ぐために投薬を行うこと、後遺症は現時点ではなんとも言えないこと、数ヶ月に1回はMRIをとり出血が少なくなっているか増えていないか、他の病気を合併してないか確認すること、退院の目処はたっていないことなどを説明していただきました。
原因は、不明とのことでした。赤ちゃんが産まれたときの部屋の温度差で脳出血がおこる場合もあるが、原因は追及できないようです。わたしは赤ちゃん自体が大きいことも要因かと思って聞いてみましたが、それは関係ないそうです。
それから毎日搾乳した母乳を保冷バックに入れて病院に通いました。
日に日にナオは大きくなり、鼻の管もとれ、保育器から出て、母乳も直接与えられるようになり、点滴もなくなりました。
おっぱいやミルクをよく飲むと聞くとホッとしました。なんらかの問題があるとき、母乳やミルクの飲みが悪くなるというのをネットでよく見かけたからです。
そして4月末大型連休の目前、ゴールデンウィーク明けに退院できそうですと告げられました。
思ったより早い退院に拍子抜けしつつも、そこまで重症ではないことに安堵しました。
しかし、退院予定日の前の日、病院を訪れると、前日の夜にまた痙攣がおきたことを告げられました。目の前が真っ暗になりました。
また痙攣をおこした原因としては、薬の血中濃度がうすくなったためだろうとのことでした。
大人が薬を飲み続ける場合、そこまで急激な体重の変動はないので薬は一定量で問題はない。しかし乳児の場合は日々成長するため、体重の増加に合わせて薬の量も増やしていかなければ、血中濃度が薄くなって効かなくなるとのことでした。
もちろん退院は延期。また病院に通う日々です。
退院できるのもだいぶ先だろうと思っていたけれど、意外にも、来週また検査をして異常がなければそのまま退院できると言われました。もう祈るしかありませんでした。
その頃のわたしは、脳出血、痙攣、てんかん、など気になる単語をネットで調べる日々でした。ナオに当てはまりそうな、でも違うような。てんかんは脳波でわかるというようなことを見つけては、ドクターに脳波はとらないんですか?と聞いてみたり。新生児の場合は脳波に表れにくいこと、やるとしたら数ヶ月先になるだろうと。わたしより若く少し頼りなさそうなドクターは、素人のあらゆる質問に親身になって答えてくれました。
来週行う検査とは、脳のそれぞれの部分にちゃんと血が巡っているかどうかというのを調べるようです。いろいろな検査はナオの負担になるかもしれないけれど、あらゆる角度から脳を調べてくださって、親としてはかなりの安心材料になりました。
その検査の結果も、元気な赤ちゃんとかわりはなく正常とのことでした。
そして再度MRIをとったところ、4/23にとったMRIと比べて、出血の範囲は狭まっていること、血管の一部がつまっていたところは開通していること、脳梗塞は見られないこと、水頭症も今のところ大丈夫とのことで、無事退院することができました。
(ちなみに水頭症(すいとうしょう)とは脳の内部にある脳室という部分に大量に脳脊髄液が溜まってしまい、頭が異常に大きくなる病気です。)
ドクターは、朝晩2回粉薬を溶かした白湯を哺乳瓶の乳首に入れて飲ませること、痙攣はまたおきると覚悟しておいた方がいいこと、そしてそのときはすぐに病院に連絡すること、数ヶ月に1度MRIをとり出血の様子をみること、月に一度は小児科で検診を行い、薬は少なくとも2年は続けなければいけないこと、普段は特に制限もなく自由に生活していいことを話されました。
今まで24時間看護師さんが見てくださっていた環境から、家に帰ればその役目をわたしたち家族がしなければならず、夜寝るのが怖かったり、また痙攣がおきたらと思うと不安でいっぱいでしたが、ドクターのあまり心配せずにこまったら連絡くださいとの言葉に少し心が軽くなりました。
1ヶ月遅れてしまったけれど、4人での生活が無事にスタートしました◡̈

【なお】静脈洞血栓症❹〜転院、NICUへ〜

その夜、ナオは体内の酸素飽和度を測るためナースステーションで預かってもらい、授乳をするときは授乳室で看護師さんが横について様子を見てくれました。
夜間の看護師さんはひとり体制のようでした。
わたしは寝られなくて、その看護師さんといろいろ話をしました。
そこで言われたのは、「いくらベテランの医療従事者でも、母親の感には勝てないよ」ということでした。わたしはここを退院したら、ナオを大きな病院で検査させたいことを話しました。その看護師さんは「気になるなら検査してもらった方がいい。なにもなかったらなかったでそれでいいから。産婦人科の先生が大丈夫と言っても、母親がどうしても大きな病院で検査したいと言ってしてみたら、病気が発覚したケースだってあるからね」と背中を押してくれました。
この看護師さんは、酸素飽和度の測り方も一から実践で説明してくれて、ベビーセンスという乳幼児が無呼吸になった場合アラームで知らせてくれる機械のレンタルがあることも調べてくださって感謝しています。わたしの後ろ向きだった気持ちを前に向けてくださいました。
授乳室でその看護師さんといろいろ話をして落ち着いたのか、そのあと病室に戻って眠ることができました。
数時間後、看護師さんの声で目が覚めました。授乳室に降りて来てくださいと言われました。半分寝ぼけて授乳室のある2階に行くと、先ほどと違う看護師さんと先生が明け方にもかかわらず慌ただしくされていました。
呆然としていると、看護師さんがまた痙攣がおこったので先生を呼んだのと教えてくれました。わたしはまた痙攣があったことに落ち込みました。授乳している間、先生は大きい病院のNICUが空いていないか電話で確認してくださっていました。授乳が終わる頃、転院が決まり、大きい病院からドクターカーで迎えに来るから、手続きをするために夫に来てもらってほしいと言われました。
ドクターカーが産婦人科に到着する頃、夫とリナが来てくれ、そのまま夫はナオとドクターカーに乗り大きい病院へ行ってしまいました。
残されたリナと私は病室に戻りました。
この頃のリナは、突然現れた赤ちゃんに母親を独占され、わたしの実家に泊まったり、せまい病室のベッドで過ごしたりと負担をかけてしまい、相当なストレスだったと思います。
私は産後3日目でしたが、退院させてほしいとお願いしました。大きい病院に通うこととリナを通常の生活に戻してあげたいという思いからでした。
あっさり認められ、私は昼過ぎに退院することになりました。
去り際にナースステーションに挨拶にいくと、助産師さん看護師さんたちが出て来てくださいました。皆さんの顔を見ていると泣けてきました。皆さんも泣いてくれました。それを見て、わたしはここの産婦人科で出産してよかったと改めて思いました。皆さんいつもあたたかく明るく笑顔で接してくださって、なによりナオをかわいがってくださいました。
病院を出て車に乗っても、しばらく涙が止まりませんでした。

【なお】静脈洞血栓症❸〜チアノーゼ〜

22日(3日目)の朝。
わたしは携帯に痙攣の動画を抱えたまま、先生や他の看護師さんに見せることはなく、自分の思い過ごしでやりすごそうとしていました。
そして、また授乳を終えてベッドにナオを寝かせて、服やクッションを直し、ナオを自分のベッドに戻そうと抱き上げようとしたとき、ナオの顔色がおかしいように見えました。窓のギリギリにベッドがあったので、日光のあたり具合かなと何度かナオの角度をかえて顔色を見ていたら普通に見えました。
なんや気のせいかビックリした(-。-;と思って、ナオを自分のベッドに寝かせて、そのあとも何度か顔色を確認したけれど、いつもの顔色でした。
昼過ぎにわたしの母親と長女のリナが病室に来てくれたので、動画を見せて、顔色が悪いように見えたことを話しました。母親も動画は普通ちゃうかなぁ?といった感じでした。あとからわかったことですが、夜中に動画を見てくれた看護師さんと母親には、2回目に撮ったものを見せたのですが、この動画は痙攣の症状と新生児特有の自然なものとの区別がつきにくかったようです。
母親が帰り、その日は預かってくれている実家ではなく、夫のいる家に帰るため(リナの自分の家)夫が仕事を終えて病室に来てくれるまでリナと病室のベッドで過ごしていました。
ナオの授乳を終えてベッドに寝かせ、リナとベッドで遊んでいたとき、ふとナオに目をやると朝に見たような土気色した顔色に見えました。「やっぱりおかしいかも...」とようやく思い、ナースコールを押して「赤ちゃんの顔色を見てもらえませんか?」とお願いしました。
ここの産婦人科の看護師さん助産師さんたちは皆感じが良く、いつもニコニコして明るい人たちばかりでした。その中でもナオをかわいいかわいいと言ってくれて、リナの出産のときもお世話になったとても信頼できる看護師さんが走って病室に来てくれました。
いつものニコニコ顔が大丈夫だよ~と言ってくれるのを期待していました。病室に入ってなおちゃ~んと呼んでくれた瞬間、さっと看護師さんから笑顔が消え、あかんっ!と叫び、すごい勢いでナオを抱き上げ背中をバンバン叩きました。数秒でナオは泣いて、みるみるうちに顔が土気色から赤色になりました。
わたしは呆然としながら、看護師さんの質問も耳に入ってこなくて、頭の中はあの動画でいっぱいになりました。「やっぱり、やっぱりおかしかったんや!」と泣きじゃくりながら看護師さんにあの動画を見せました。
看護師さんは、「ごめん、引き継ぎのときこんな動画があるなんて聞いてなかった!不安やったやろ?すぐ先生に見てもらうから!」と抱きしめてくれました。わたしは不安に押しつぶされそうだった心をやっと開放できて、思いっきり泣きました。
ようやく我に返って、横で呆然としているリナを「ごめん、ビックリしたやろ」と抱きしめると大声で泣き出しました。看護師さんはそんなわたしたちをまた抱きしめてくれました。
ナオはナースステーションに連れていかれ、私は仕事中の夫に電話しました。夫は大丈夫やから!と励ましてくれました。そして仕事が終わってすぐに病室に来てくれました。
わたしは夫にそこではじめて前日の夜からのことを伝えました。
話していると、看護師さんにあの動画を先生に見せてほしいと言われ、ナースステーションに行きました。
そこではナオが体内に酸素が正常にまわっているかがわかる機械につながれて眠っていました。先生が診療時間外にもかかわらず駆けつけてくださっていて、動画を見てもらいました。
相変わらずわたしは泣いていて、朝会った時言ってくれたらよかったのにという先生の言葉に、「2人の看護師さんに新生児特有のものと言われたら、素人はもう黙るしかありません」という反論も言えませんでした。
その時点での先生の判断は様子見でした。
酸素飽和度もほぼ100%に近い状態で、特に出産に問題があったわけでもないという先生の自負だと思います。
でもわたしはその時点で、ここを退院したらすぐ大きな病院で検査してもらおうと決めていました。




【なお】静脈洞血栓症❷〜けいれん〜

4/19、4402gという超巨大児で産まれたナオ。
巨大児の場合、肩を骨折して産まれてくることが少なくないようですが、そのようなこともなく、元気元気よ!と助産師さんに言ってもらえて一安心。
産まれた日は別室で過ごして、次の日からはずっと同室にしました。2日目に夜中も同室にしたいと言うと看護師さんに驚かれました。二人目だし、特にここの産婦人科は夜中はナースステーションに預ける方が多いのよ~と。しんどくなったらいつでも預かるから無理しないでね、とあたたかい言葉をかけてもらいました。
これがもしかしたら運命の別れ道だったかもしれません。
もしあのとき別室を希望していたらどうなっていただろうと今でも考えることがあります。

はじめに違和感を感じたのは、21日(2日目)の夜でした。
ナオに授乳を終えてベッドに寝かすと、片手を自転車こぎみたいに回したり、目元がピクピクと何度もひきつっていたり。それが何回か見られました。
気になって、夜食のおやつを病室に持ってきてくれた看護師さんに症状を伝えると、「んー、新生児にあるモロー反射やと思うよ◡̈心配やったら、ナースステーションで預かるよ?」と言われたので、「大丈夫です、もう少し様子を見てみます◡̈」と答えました。
モロー反射?でもリナの時にはこんなんは見たことないなぁ...と。
やっぱり気になって眠れない。
もう母親の感でしかなかったと思います。
日頃から検索癖のあるわたしは、ネットで気になる単語を並べて調べまくりました。
でも文章だけではナオに当てはまるのかわかりませんでした。せめて動画があればなぁと思ったとき、「そうや!ナオの症状を動画にとって看護師さんに見てもらおう!」と思いつきました。
日付がかわる頃、ナースコールを押したんやっけな?忘れたけど^^;、さっきとは別の看護師さんが病室に来てくれて、撮った動画を見せました。
看護師さんは数分の動画を何度か見直して、「モロー反射やと思いますけどねぇ。こちらで預かりましょうか?」と。
わたしは預けるか迷ったけど、大丈夫なのなら安心かと思って断りました。
それからもまた症状は出たので、動画を撮りました。
結果的に、その症状は痙攣だったのだけど、3回目に撮った動画が一番症状が強く表れていて、まず左手の自転車こぎから右手の自転車こぎにかわって、途中からはこめかみのあたりがピクピクッと引きつる感じでした。残念ながら足はみれていません。夜中だったので電気を消していて、暗闇で胸から上を携帯の明かりで撮っていたのもあり、気づかなかっただけで、足にも何らかの症状が出ていたかもしれません。

今この文章を書いてるだけで、あのときのザワザワした気持ちが蘇ります。冷や汗が出ます。3本の動画も携帯に残しているけれど、こわくてもう見ることはできません。リナが見ていても目をそらしてしまいます。
でもこの目でしっかり見たおかげで、今後ナオにもし痙攣がおこった場合、迅速に適切な判断ができると自負しています。
一刻も早く忘れたいのに、死ぬまで決して忘れてはいけない記憶です。