お久しぶりです。
随分とブランクが空いてしまいました。
いろいろなことがありましたが息子も私も生きています。
なんとか、、、、かな。
また少しずつ書いていきたいと思います。
面会の前々回、息子から手紙をもらったので
私も書いてみた。
退院するには何が必要か、どうしたらいいか、
先生に退院していいよと言われるために、息子ができることは何か、を書いた。
息子に見せる前に先生に読んでもらった。
「お母さんは気持ちを伝えるのが苦手ですか?」
衝撃だった。
そうだ。私は人に本心を知られるのが苦手、嫌い、怖い。
さすがは精神科の先生。
「もっと方の力を抜いてもいいと思います」
確かに。
私の手紙は、論文・レポート・ノウハウ本のように冷たかった。
「例えば、手書きで書くだけでも印象が違います。ワープロで書いたのは何故ですか?」
(直しがラクだから)
「色々書いてあるけど、お母さんは息子さんが心配だから入院させた、んですよね。」
思い出した。私はこの手紙にあえて自分の思いを書かなかったのだ。
思いを伝えると息子の負担になる、と思っていた。
そう言うと、
「心配していることを伝えると息子さんの負担になりますか?」
心配するのは息子を信用していないからだ、と何かで読んだから書かなかった。
でも私は息子が心配だった。
たとえ書かなくても、心配してた事実は消えない。
信用していると思われたいから、書かなかっただけだ。
それってずるい、と思えた。
私はこう思われたい、という気持ちがいつも強いんだな。
思われたい私を得るための手紙。
書くこと書かないことの基準は読んだ人がどう思うかだった。
でも、そうやって創作された文章では、何も伝わらない。
うその手紙はわかる。
ワープロの手紙は渡すのを止めた。
あらためて、手書きで書いた。
ずっと心配していたこと。
家族で朝ごはんを食べて、「いってらっしゃい」「おかえり」と言う毎日が宝物だと心から思えること。
本当は入院させたくなかったこと。
どうしようもなくて入院して助けてもらうことにしたこと。
入院中、会えなくて辛いその寂しさに耐える、それがお母さんの頑張ること、そして
お母さんも変わろうと思っていること。
面会が待ち遠しいこと。
部屋で読んでね、と渡したけど。
読んでくれたかな。
面会時、少しずつだけど、息子の顔が上がってきた。
首が、がくんと落ちて、話しかけても顔を横に振るだけだったが
「よくわからない」「わからない」
と答えてくれるようになった。(まだ聞こえないくらい小さな声だけど)
新学年になり、クラス発表があった。
面会時に、
「クラス名簿見る?」
と聞くと、
「見ない。退院できないから意味がない」
と言われた。
帰り際、
「ほんとに見なくていい?」
と聞くと
「クラスと出席番号」
と言われ、伝えた。
その質問が息子らしいな、と思えた自分。
私も一歩前進してた。
昔の私だったら
「誰が一緒になったとか、担任は誰とかは気にならないの?」
と言っていたかもしれない。
そんなことよりも、自分の出席番号を知りたいなんて
とってもユニークだと思えた。
普通の人なら知りたくなるクラスメイトよりも自分が何番かが知りたい息子を抱きしめたくなった。
(もちろん、抱きしめてません
)
病院の庭で面会していたら
看護師さんと息子と同じくらいの少年が散歩していた。
つんのめりそうなほど首がガクンと落ちていて、うつむきながらゆっくり歩いている。
おそらく入院したばかりなんだね。
息子も最初はそうだったから。
大丈夫、少しずつだけど、顔は上がっていくよ。
その少年と、後ろ髪を引かれる思いで帰ったであろうご両親に言ってあげたくなった。
私の息子は確実に前進しているんだな。
とっても小さな歩幅で、とってもゆっくりだけど。
お天気も良くてとてもいい日だった。
ありがとう。