年金を受け取る権利は過去5年しか遡ることができません。それより前は時効によって権利が消滅します。だから手続が急がれるのです。財産権の侵害だとしてこの制度に異議を唱える声がありますが、そのことはここでは置きます。

  ただし「時効特例」に該当する場合は時効が適用されません。「時効特例」とは、社会保険庁(現日本年金機構)のデータ管理の不手際により、不明になっていた記録が後になって自身のものとわかったケースです。

  前に書いた、生活保護が廃止になり、自立につながったケースはまさにこれです。この70代の男性宅に日本年金機構から黄色い封筒が届きました。平成29年8月施行の改正法により、老齢基礎年金受給に必要な加入月数合計が300から120に大幅に短縮されたことは前に書きました。短縮されたことにより新たに年金受給権が発生した人のもとに届けられた請求手続書類が黄色い封筒に入っているのです。

  この男性は年金制度もあまり理解していない様子だったので私は詳しく説明し、同時に請求書類に記載されたもの以外に自身の勤務歴を憶えていないかを尋ねました。

  するとどうでしょう。「あそこに何年、ここに何年」と堰を切ったように思い出してくれるではないですか。本人が思い出した記録を合わせると300月をゆうに超えます。

300月を超えるということは本来60歳から受け取ることができたもので、このケースはまさに「消えた年金」「時効特例」に当てはまります。そこで私はさほど乗り気ではなかった本人の尻を叩き年金事務所に同行しました。

  請求の結果時効特例が適用され、これもまた未請求であった厚生年金基金の年金と合わせ700万円もの大金が一挙に振り込まれました。こうしてこの人は生活保護とおさらばしたのです。

  朝の報道番組で、このたびの日本年金機構およびその代行業者の不祥事について特集を組んでいました。その中で弁護士でもある女性コメンテーターが、「自分で複雑な書類を作成して請求しないと年金がもらえないのはおかしい。保険料を徴収しているんだから自動的に支払われるようにすべきだ」といった趣旨をコメントしていました。

  仰有ることはもっともで、理想論としては賛成です。でも現実は不可能ですね。我が国の年金制度は見事なほどのパッチワーク芸術です。年金事務所の窓口担当者の中で、あらゆるケースの相談全てにその場で対応できる人なんて全国どこの事務所をさがしても一人もいません。

  だから私たち社会保険労務士の存在意義があるのです。もっとも社労士の先生でも、年金はあまり儲からないという理由で、自分では一切関与せず他の先生に丸投げされる方も多いようですが。

 今日年金事務所へ行きました。特別支給老齢厚生年金請求手続3件、脱退手当金請求手続2件、加入記録調査3件、年金受給額確認が1件、計9件(9名分)の手続および調査のためです。

  毎週木曜日に年金事務所へ行くことが昨年8月以来ルーティンワークになっています。今日の案件はいずれもそれほど意外性に富んだものもなければ、驚くような発見もありません。淡々と、そして粛々と事が運びました。ブログにアップするほどでもないので、、今日は以前携わったケースから1件紹介します。

  数年前から生活保護を受給している70代の男性(個人情報保護のため経歴、年齢等はこれ以上詳しくは書けません)は、生活保護法29条に基づく加入記録調査では「年金記録に該当者なし」の素っ気ない回答が返送されてきました。ただし「職歴の確認を要する未確認の記録あり」の注意書きが該当の年月日とともに記されていました。

  これが、いわゆる「消えた年金記録」の一例なのですが、そこに記されている記録が全て当人のものであっても、年金の受給に結びつくほどの年数(月数)でもないので、日々の忙しさも手伝って、そのまま放置していました。

  ところが事態は一変します。それまで老齢の年金を受け取るために必要とされた加入期間25年(300月)が平成29年8月施行の法改正により10年(120月)に大幅に短縮されたのです。この改正により、いままで無年金だった20万人以上の人々に新たに年金が支給されるようになりました。

  件(くだん)の男性にもチャンスが訪れました。ところが細かい記録が未整備だったため、これらを基礎年金番号のもとに統合しなければなりません。そのためには本人に前述の未確認厚生年金記録が自身のものであるかどうかを確認しなければなりません。遠い若い頃の職歴、中にはたった1月で辞めた会社のそれまでを、薄れゆく記憶をたどりたどり確認するのは至難の技です。何度も本人のもとに足を運びどうにか120月を超えるまで思い出してもらうには、ずいぶん骨が折れました。

  まもなくこの人の口座には生涯で初めて年金が振り込まれます。120を少し超えた程度の月数では残念ながら生活保護からの脱却にはつながりません。しかし膨大な数に及ぶ「消えた年金」「宙に浮いた記録」のほんの一部でも年金を受け取る権利を持つ人のもとに届けられたことに私は喜びを感じます。次回は年金により生活保護から決別し自立の道を歩み始めた人のケースを紹介します。