半田のブログ

半田のブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!




想い





 





 秋の夕暮れ、いやもう冬か。





 いまはもう夕暮れを過ぎて暗くなっていた。正直こんなにも辛いとは思わなかった。もう後がない。あと一つ落とせば留年決定だ。一年生にしてこの不幸。大学生はパラダイスだと思っていたが、まったくの嘘。高校生のほうが全然楽であった。高校のときは、高校三年だけやればよい。あとは遊んでいて、途中で赤点を採ってもなんとかなった。





 





 





『申し訳ございません、円藤先生』





 先生の前で頭を下げる。





『もうちょっと頑張ってくれよ、今井』





 僕はまだ頭を下げ続けている。





『わかった、わかった。もう頭をあげなさい。今回は特別だからな。後期のテストはしっかりやれよ』





『ありがとうございます、円藤先生』





 そして、丁寧に一礼して職員室を出た。





 





 





 とまあこんな具合に、赤点を採っても高校のときは乗り切れたわけだ。しかし大学はそんなに甘くなかった。





 機械が合否を決め、そこに人情というものは存在しない。59点以下なら、ばっさりと単位を落とすこととなる。





 今井は散歩をしていた。なにもメモ書きされていないレジュメを持って。もう外は暗いのでレジュメなんぞ持っていても、文字が見えないので意味はない。いや、明るくてもレジュメを見ないであろう。レジュメを持っているのは、自分が勉強をやっていると思い込ませるのに意味がある。





 ここのところ、ほぼ毎日散歩をしている。テストはあと一週間を切っているというのにだ。もう終わりがきたかもしれない。真っ白なプリント。既に前期で3つ単位を落としている状態。あと一つ落とせば留年決定。そして今散歩をしている。





 将棋で詰む前の状態を必至という。必至だが、必死になれない、なんていっている場合ではないのだ。





 まあこんなんで人生が終わるわけではない。と気楽になろうと努めるが、留年したら、おそらく親は費用を出してくれないであろう。というのが頭によぎっていた。





 





 





 散歩はいつも同じコースだ、学内の周りをまわるだけ。そして、後ろのあとをつけまわすような足音もいつものことだ。最初は自意識過剰で付きまとわれていると思ったが、それは本当なのかもしれない。





 ついに後ろの足音の正体を晴らすときが来た。なんか疲れきったオヤジとかだったら嫌だな、と思いつつ実のところ今井はうきうきしていた。





 角でまちぶせしている。もう少しだ。足音が目の前にある。いまだ。





 今井は角から飛び出して、足音の主に、いい具合に正面からぶつかった。二人とも後ろにのけぞり尻餅をついた。





「本当にごめんなさい、いきなり飛び出してしまって」





 今井は即座に謝る。





 見ると倒れていたのは女の子だった。今井は様子を伺っていると、女の子はむくりと起き上がる。





「そうよ。なんでいきなりぶつかってくるのよ」





 女の子はきっと睨むとそのままどこかへいってしまった。今井はなにもいうことができず、唖然としていた。やはり、ストーカーという線は自意識過剰であったか。今日はあまりついていないようだ。それに、あの女の子よくみたらいい線いっていたな、惜しいことをした。まあもう一生会えないだろう。





 今井はその後学校に戻ってレジュメの束を暗記しようとしたが、全く頭に入ってこなかった。授業すらでていないので、メモすらとっていない。このレジュメはまとめて落し物から手に入れたものだ。このレジュメを見ると暗号を読み上げているようであった。





 結局二時間くらいレジュメと格闘したが、身に付いた感じは全くない。いや一つだけある。この講義の名前だけは分かった。文化人類学であった。





 





 





 次の日、ゆっくりと学校に来た。着いたときには既に三時を回っていた。昨日の夜、ずっとテレビを見ていて寝坊してしまったのだ。





 メモ無しのレジュメを取りにロッカーに行こうとすると、学校での唯一の友達というか知り合いの田中に出くわしてしまった。最悪だ。はっきりいってこの田中という奴は単にうるさいだけの奴。それに訳のわからない占いにはまっているような者だ。





「やあ、今井くん。ごぶさた。なんだい、その糞をふんだような顔は、失礼だね」





田中はトランプの束を取り出した。例のわけのわからん占いだ。こんなやつの相手をしている場合ではない。





「昨日、女の子と話してたっぽいねえ、今井君は余裕だねえ」





 田中はトランプを切りながら言う。





「なんでお前それを、お前か、毎日俺をつけまわしているのは」





「今井君、ついに君も頭にやきが回ったねえ。私はそんな趣味はないよね。それにしてもあのヒナタさんと話すとはねえ。今井君も隅におけない。ふむふむ」





「田中、お前あの女の子知っているのか、同じ学校なのか」





 田中は一枚トランプを取り出すと、それを凝視した。そして今井の存在を消したかのようにきびすを返していってしまった。





「おい、待てよ。なんで行くんだよ」





「私は時間がない。話をかけないでくれるかな」





 田中は立ち去った。田中から話かけてきたのに、なんてやつだ。おそらく態度を急変させたのはトランプのせいだ。トランプの札で無視してどっかいってしまうとは、失礼にもほどがある。





 腹立たしさだけが残る。まあ知ったこともある。あのぶつかった子の名前はヒナタというのか。やはり可愛い子というのは頭から離れないものだ。あの口っぷりからすると、有名人なのかな?どうりで可愛いはずだ。





 だが最初の出会いが悪い。それに怒っていたようだし。印象というのは最初で決まるらしいから、もうヒナタさんとはおしまいだ。始まってもいないがな。もう忘れよういい加減。出会うこともない。





 





 テストまであと数日となり、授業ももうない。テストまでの自習期間である。どうしてここまで危うくなるまでほっといたのか、今井は自分を情けなく思った。高校までのクセは治らないようだ。





 前期試験のあと、不可になった科目を可にしてもらおうと教授室に入ろうとしたら、“テストに関する質問は一切受け付けません”と書かれてあった。質問を受け付けないというか、テストのこと自体知らないんじゃないか。最近では、テストですら業者に委託しているらしいし。一体なにをやっているのだ教授は。まあそんなことを愚痴っても始まらないので、そのときはそのへんで引きさがった。





 この大学は自分の採った科目を落とすと不可になり、選択、必須科目によらず、不可が四つつくと留年になる。なので、科目選びが重大かつ重要なわけである。だが今井は、田中というへんてこなトランプ男しか知り合いがいないため、情報不足であえなく撃沈したというわけである。





 大学に通わずバイトばかりしているので、フリーターと変わりない。ただ学生という肩書きがあるだけだ。なんのために高い金だして大学に通っているのか分からなくなってくる。本当にいい商売である。それに、こんな意味のわからない暗号のようなプリントを持って、なんの意味がある。そう思うと途方にくれてくる。





 





 そんなこと思いつつも日が落ちてくるまで、頑張ることにした。メモなしのレジュメをなんとか頭にねじこもうとする。しかし、理解していないので五分で飽きた。無意味な時間が二時間たって、勉強した気になる今井。そして、日が暮れそうので散歩に出かけた。もちろんメモなしのレジュメを持って。





 もう冬で外は寒い。木は葉っぱ一つつけず枯れきっている。そんでも生きているのだから木って凄い。夕日がまぶしく、もう少しで暗くなるというところであった。





 





 校門にさしかかったところで、誰かに呼び止められた。





「あの、昨日はごめんなさい」





 あのヒナタだ。今井は目を疑った。昨日ぶつかった可愛い女の子だ。もう会えないと思ったのに、それに向こうから謝ってくるなんてなんかの間違いだ。





「いや、どこも痛くなかったんで大丈夫だよ、ヒナタさん」





「なんで、アンタあたしの名前知っているのよ、ストーカー」





「は?」





 ヒナタは急に態度を変え、今井のことをにらみつけた。目はくりっと丸くて、口はきゅっと締め付けられている。髪はショートで上目遣いだった。





「いや、ごめん。これにはいろいろと訳が」





「まあいいわ、これからどこかいくんでしょ、あたしも行っていい?」





 この起伏の激しい女性はなんなのだ。今井にはついていけなかった。可愛くてこんな感じなら有名人になれるのもうなずける。そして、たったらと前へ歩きだしていった。





 なにを話せばよいのやら、まさかこのような展開になるとは。もう一生会わないと踏んでいた女性がいまここで、二人で散歩しているのだ。これはおそらくおかしなことだ。今日は早く帰って寝ることとしよう。





「ねえ、昨日も持っていたけど、その持っている紙はなんなの」





 ヒナタが不意に話しかけてきた。





「ああ、これは文化人類学のプリントだよ」





「やっぱりそうなのね」





 そういって今井から紙をひったくった。





「何もかかれていないじゃない、そんなんでテストは大丈夫なの、あたしが見せてあげようか、ノートとか」





「いや、大丈夫だ」





 依然、メモ無しのレジュメをヒナタは持ったままだ。





「あたしのノート見たほうがいいってば。絶対ためになるって。そうじゃないと、このプリント返さないよ」





「なんでそうなるんだよ、返せよ」





「やだよ、あそこの公園でノート見ましょ」





 ヒナタに引っ張られて公園のベンチに座った。そこでノートを渡された。





「あと一週間切っているもんね、テストまで。うちの大学けっこう厳しいし」





 ヒナタのノートは全ての講義を網羅していた。まるで、はなから人に見せるように作った感じで読みやすい。これが手に入ったら、さぞテストも楽になるだろう。そう思いながら、ヒナタのノートを読み上げていた。





「ありがとう、ヒナタさん。このノート見やすいね」





「そんな、そんなことないわよ。あんまり字うまくないし」





 今井はヒナタにノートを渡して立ち上がった。





「いいよ、返さなくて。こんなメモなしのレジュメじゃ、勉強になんないでしょ」





「そしたらヒナタさんが勉強できなくなるじゃん。それになんでこんなにまでしてくれるんだ」





「別に。そんなんじゃないからね。アンタがこんな真っ白のプリントもってふらふらしているから悪いのよ」





 そうして、にらみつけてノートを押し付けて走って消えた。レジュメは返してくれなかった。





 





 





 残り三日となる。テストまでの残り日数だ。そんなことよりも大変な自体になった。昨日食べていたカップラーメンの汁があろうごとかヒナタのノートにぶっかかってしまったのだ。文字は読めるが、ノートは茶色く変色し、それにかなりにおった。このままなんとかごまかそうと思ったが、テスト終わって会ったら謝ることにした。あの、ヒナタの性格なら、どんなカミナリがくるのか、テスト前にはあってはならない。





 ヒナタに会うリスクがあるが、家にいても勉強できなかったので、学校に行くこととした。学校に行く間、ずっとノートのことが頭にちらついている。あのノートには本当にお世話になっている。あれのおかげで講義の概要はつかめた。そしてお礼をいって返すつもりだったのに、全く最悪だ。





 





 そして、予期してはいたが、運悪くあの方に出会ってしまった。校門で。まるで見計らっていたように、タイミングがいい。いや悪い。





「よ、久しぶり。アンタはかどっている?この前のレジュメ要点整理してあげたわよ。返しとくね」





 メモ無しのレジュメが、メモがびっちりついて返ってきた。ノートもなくよくこんだけ書けるものだ。





「ノート役に立ってる?あたしので大丈夫かな」





 ヒナタの丸い大きな目が今井をのぞきこんだ。





「どうせ学校で勉強するんでしょ。だったらあのときの公園でやりましょ」





 勝手に決めて、勝手に公園に今井は連れてかれた。ノートを見せるのも時間の問題。終わったな。





「それにしても寒くなったわね。あれ、アンタ勉強しないの?あのノートもしかして忘れてきちゃった?」





 意を決して臭いノートを見せることにした。どんな仕打ちが待っているのだろう。今井は、ノートを見せると同時に頭を深く下げる。高校のとき、赤点を見逃してもらう時よりも深くさげた。





「ごめん、ほんとうにごめん、こんなに臭くなって」





 しかし怒った様子は感じられなかった。





「いいのよ。このくらい。あたしが渡したんだし」





 今井はほっとしてベンチに腰掛けた。





「何安心してんのよ、許すとは一言もいってないよ」





「ええっ、そんな。ごめんなさい」





 今井はまたぴょんと立ち上がる。





「じゃあ、そのかわり・・・」





 ヒナタはうつむいて言葉に詰まった。今井はその先の言葉を待った。するとヒナタはおもむろにトランプを取り出した。まさか、ヒナタもあいつと同じなのか。ヒナタは黙々とトランプを切り、その中から一枚を抜き出した。





 嫌な予感がした。もし田中と同じ占いであればろくなことがない。





 ヒナタは一枚めくったカードを見つめて息を呑んだ。今井はだまったままのヒナタをおそるおそる見ていた。ヒナタは固まってしまって、下を向いていた。





「そのかわり、」





 そういってヒナタは今井にすりよってきた。今井はびっくりしてのけぞる。





「ノート汚くしたから、そのかわりあたしとこれから付き合ってね」





 それだけ言って、ヒナタは駆けていなくなった。





 





 





 





 それから一週間、テストは無事に終えた。多分赤点は超えて留年はまぬがれたであろう。それもこれもあのヒナタのおかげだ。





 おかげではあるが、毎日朝八時に家に押しかけてくるなんて、あいつは正気のさたではない。そしてどこかに連れてかれて、もうくたくただ。





 目覚まし時計を見ると、朝の七時半、もうヒナタがきてもおかしくはない。最近は八時よりも早くおしかけるようになった。これも人生か。まだ出会って一週間ちょっとしか経っていないのに、もう昔から付き合っているような感覚だ。もし、あのとき他のトランプを引いていたらどうなっていただろう。





 ドアベルの音がした。





 それと同時にヒナタが押しかけてきた。





「ねえ、今日はどこに遊びにいこっか」





「今日は家でいいんじゃないかな」





 ヒナタは強引に今井を外へ引きずりだそうとした。





「まだパジャマだぞ、待ってくれ」





「早くしてよ、女の子を待たすなんて最低」





 今井は立ち上がってヒナタに聞いた。





「あの時、どんなトランプを引いたんだ」





 ヒナタは横を向いて口をとがらした。





「そ、そんなの教えないわよ、なによいまさら」





 だが今井は知っていた。ハートのエースだ。あとから田中に聞いた。凄い確立だよな、52分の1で付き合ったんだと少なくともヒナタはそう思っている。ほかのカードが来たら付き合えなかったらしい。ヒナタはそれを占いに託したんだ。そのときの行動を。そしてまさかハートのエースが来るとは。って感じだ。





そうヒナタに思わせといて、実は田中はヒナタのトランプをすべてハートのエースの束に摩り替えたらしい。なんのためにそんなことをしたのかは知らない。こんなことをヒナタにいったら、激怒するだろう。夢もなにもあったものではない。





それにしても、田中はほんとうに暇人だ。