おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。
きなこです(*´ω`*)
今日は、“言葉が生む格差”について
書いてみたいと思います。
初めてのコラムですので
お手柔らかに…(?)
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言葉というのは、とても重要です。
選び方1つで印象が変わったり
信頼関係にも影響してしまいます。
日本では障がい者のことを
「社会的弱者」と呼びますよね。
これは身体・精神障がいに限らず
人種・性別などでも当てはまるのですが…
障がいを持つ1人の目線から言うと
“助けてもらわないと生きていけない
存在価値の低い人間”
こんなイメージを感じています。
障がい者は、弱者
健常者は、強者
⇨障がいがあると何もできない
⇨助けて、守ってあげないと…
という上下関係が自然にうまれてる
そんな気がします。
しかし、アメリカでは障がい者自体を
「障がいと共に生きる人」
と呼ぶそうです。
この言葉には
“1人の人間が障がいと生きてる”という
あくまでも同じ人間であること
平等であることを前提とした
イメージを感じました。
これを読んでいるあなたは
どう受け取られましたか?
実際、わたしは日々の生活で
自力でできることって限られていて
トイレや着替え、お風呂…
生きるために必要不可欠なことすら
誰かの手を借りないと難しいです。
だから、助けてもらわないと
生きていけないのは事実なのだけど
与えられるだけじゃなくて
与えることもできるし、したいんだ
と思っています。
そんな障がい者もいることを
理解してくれる健常者の方たちは
一体どれだけいるのでしょうか。
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言葉1つだけが原因ではないけど
原因になり得ることもあると思うよ、
というお話でした。
これから、障がいの有無を問わず
色んな方の意見を聞いてみたいので
コメントやTwitterへのリプライ等
ぜひ書いていただけたら嬉しいです!