2015-04-26
 
 長門市(油谷町)久津の古刹、二尊院に楊貴妃の墓がある。支那随一の麗人で玄宗皇帝のこよなき寵愛をうけた楊貴妃は、安禄山の反乱によって悲運の最期をとげたとは支那の正史の伝えるところであるが、どうした事情からか、貴妃だけは難を逃れて国外に脱出し、はるばる海を渡ってやまと日の国の向津具(油谷町) に漂着したという。
 
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 この地に庵をむすび住んだが、貴妃の身は日一日とやせ細り、そして間もなく世を去ったというが、その魂は「紅色の鳥」と化して空を飛び、恋しい長安の都に向かったという。 
 
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 玄宗皇帝は風の便りに、この貴妃の最期を聞いて哀傷限りなく、伏波将軍陳白なる者に、釈迦如来・阿弥陀如来の二体の尊像と十三重の宝塔とを持たせ、はるばる向津具の地に遣わし、貴妃の霊をねんごろにとむらわせた、と伝えられる。ちなみにこの地方では、美しい子が生まれるようにと、妊婦でこの貴妃の墓に詣でる習わしがある。
 
 今では楊貴妃の里としてきれいに整備されていますね。
 
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「安産・子宝・結婚」とあります。50代の夫婦が訪れていましたが「私たちには関係ないね(笑)」といってその場を去っていました。
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現在、周囲は楊貴妃の里として整備されています。
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 久しぶりに来来亭で食事しました。健康にはよくなさそうだが、ラーメンは脂多め、醤油濃いめがおいしいですね。

 連れが注文した天津飯をシェアしました。最強の組み合わせかな。ごちそうさまでした。