光市三丘の城山は一名三丘ケ岳ともいい、昔、城砦があったところで、源平合戦にかかわりあるといわれる。砦跡には「九郎岩」と呼ばれる岩があり、義経と弁慶の遺跡と伝えられる。平家も京都を追われて西に下る途中、一隊がこの城山に立ち寄って一夜を明かしたといわれ、そのとき、持っていた金の鵄をこの山のどこかに埋めかくしたとか。

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 この金の鵄は年に一度、平家の一隊がこの山を去ったゆかりの日に出てきては、平家の人々を慕って鳴くといい伝えられている。