

ブログネタ:
自殺について考える
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僕はまだ周りの誰かを自殺で失ったという経験は持ちえていません。
でも僕はすごく自殺を襲れています。
僕自身が死にたいと思ったことがあるからです。
特に周りに大きな変化が合ったわけでもなく、日々なんとなくで生きている中で、ストレスが溜まっていきはけ口が見つからなかったからだと思います。
その後思いっきり喧嘩をしてすっきりしたからか、今はそんなこと一切思いません。
僕は、周りに自分の弱い部分をさらけ出すのにかなり抵抗がありました。他の人の大半は抵抗があるのではないでしょうか?
けれどけっして友達や家族を信用していないというわけではないのです。
ただ言ってしまう事で態度が変わったらどうしよう、みたいに後のことを考えるとどんなに言いたくても、言えなくなるんですね。
少しずつ、自分の中で不燃焼な物が溜まっていき
平気だったものもでも、自分が追い詰められてるように感じてしまう。
でもおそらく相手にそういう感情がないんでしょうから、バレないように笑顔でコーティングしてしまう。
だから周りも気付きにくい。普段と目だって変わったところが無いのだから
僕は誰かが、そんな風になっていっていても、気付かないと思います
だから怖いんです。
大事な人なのに突然消えてしまう
周りの誰かが、突然死ぬということは悲しすぎますから
けれど気付いたとしても、それを止める権利が自分にはあるのでしょうか
言ってしまえばそれは彼の人生で、彼の命です
それにそんな風に追い詰めたのは、彼自身かもしれませんが
原因になることをしたのは僕自身であり、周りなんですよ
僕は話を聞いて決意があまりにも固かったら、止めないかもしれません。
どんなに自殺という結果が嫌でも、それも選択肢の一つ
嫌というのは周りの人の意思だし、本人が説得しても自殺をしたいと言う意志を貫き通したいというなら、そうさせてあげるべきなのかもしれません
『生きている限り、何度でもやり直せる』
この言葉は間違ってはいない
けれどチャンスは何回でもありますが、本人が望まず、周りの人のエゴで生きていたら、気付くことはない
たとえ気付いたとしても
一度死のうと思った人が
全てを失っても構わない
と思った人が簡単に希望を見つけられると思いません
それでも道を記してあげることは大切なんだと思います。
今日命の大切差が分かっていない若者が
周りを省みようとしない人が
増えている現代の日本では特に大切だとおもいます
僕はたとえ駄目でも道を記すことが大切なんだと思います