はじめまして、ヒーロと申します。大阪の大学に通う、2回生、20歳男子です。生まれは神奈川で、現在大阪で一人暮らしをしています。ついこの間までオーストラリアで語学留学に行っており、来年の春学期まで授業がなく、手持ち無沙汰なのでブログを始めました。自分が日常で感じたふとしたことや、自分の生活について綴っていきたいと思っています。インスタの方もありますので、フォローしてくれたら嬉しいです。

 

さて、今回は自分の生い立ちについて書いていこうかなと思います。

 

まずは簡単な年表を。

2003 男3人兄弟末っ子として生まれる

2009 兄に影響されて野球を始める

2015 中学受験を意識する

2016 落ちて地元の中学校に進学

          野球を辞めて陸上をはじめる

2019 県立の進学校に入学

          人生最大の挫折を味わう

2021 第一志望の大学を落ち、滑り止めの大学に入学

2023 留学

 

年表にある通り、男三兄弟の末っ子として生まれました。一番上の兄とは五歳差、二番目とは三歳差です。父母と兄2人の五人家族です。今までの人生でペットを飼ったことはありません。父は三大財閥の一つである三菱系列の会社員でそこそこ裕福な環境で育ってきました。年表を見れば分かるように、中高大受験に留学と莫大な費用をかけて育てていただきました。

兄の影響で年長さんの頃に野球を始めました。始めた頃の記憶はほとんどありません。自分から野球をやりたいと言い始めたのか。唯一覚えているのは、自己紹介で噛んでしまってみんなに笑われたこと。だってしょうがないじゃないですか。まだ五歳くらいなのにちゃんと喋れないですよ。今でも自己紹介が億劫なのは、間違いなくこれのせいでしょう。おそらくちっちゃい頃から応援に足を運び、どうせやるよねという感じで野球クラブに入ったのでしょう。正直なところ、自分は野球が大っ嫌いです。大きな声を出すのは嫌、スライディングで汚れるのも嫌。真夏に汗をかきながらプレーするのも嫌。真冬に唇が乾燥しながらプレーするのも嫌。どの瞬間を切り取っても、何かしら嫌なことがあるんです。でも、ズル休みをすることなく十二歳まで野球を続けました。もしタイムマシーンで過去に戻るとしても、中学生以降を選びます。

時は進み、小五の冬にあることを知りました。それは、公立中高一貫校の存在です。兄2人は地元の公立中学に行っていたが、自分の友達が公立中高一貫校を受けると言うことで、その存在を知った。なんと親も受験することに乗り気で、受験対策用の塾にも通わせてくれた。自分がなぜ受験したかったかというと、その学校には野球部が存在しなかったからだ。もしその学校に進学することができれば、野球を辞めることができ、また理由も野球部が存在しないからと言うごく自然な物になるからだ。しかし、この時の自分はさほど熱心に勉強をすることもなく、案の定落ちてしまった。

ここで一つ、マズいことが起きているのをお気づきだろうか。落ちたことで地元の中学校に進学することになり、野球部に入らなければならなくなってしまったのです。

 

この話はまだまだ続きますが、話が長くなるので今回はここまでとします。次回この話の続きを話しましょうか。

さて、ヒーロ少年はどのような行動を起こしたのでしょうか。次の更新まで楽しみに待っていただけたら幸いです。