習志野シティフィル第59回定期演奏会ではベートーヴェンの交響曲第5番を演奏するが、今回の演奏で試みていることを述べておこう。

これはベートーヴェンが目論んだ構造上のカラクリに着目したもので、これまで顕現されてないこともあるだろう。

まず冒頭の主題について。

これは、リズムが全曲に敷衍するものとしてよく取り上げられるが、それよりは

G→Es→F→D

という「ジグザグ」の音進行に着目すると、その変容による全曲の構築が見えてくる。これについてはこれまでにも様々な論が出回っている。ベートーヴェンの第4交響曲では冒頭に

Ges→Es→F→Des

というジグザグが現れ、その後の主題もジグザグが用いられる。おそらくベートーヴェンのジグザグ推敲の中で明るいものが4番に、厳しいものが5番に振り当てられたとみても良いだろう。それだけたくさんの楽想を想像したということでもある。上の2つの音名は、臨時記号を取ると同じになることも、アイデアを想起した段階での音をそのまま使ったように私には思われる。



交響曲第5番第1楽章では「ジグザグ」の振り幅を5度に広げた

B→Es→F→B

がホルンに現れ第2主題となるが、その音を第2主題がなぞっていることはあまり知られていない。これも私はある書物で知ったし、それによって演奏に何か工夫が出来るわけではない。

第4楽章プレストに入る前、弦楽器がユニゾンで動機を奏でる直前の4つの和音の上声が

G→E→F→D

であるのは面白い。これは上声をフレーズとしてつなぐことを意識すれば浮かび上がるものがあるだろう。ピアノではあるが、スタッカートされていないのである。



♫気付くと面白いのが第3楽章の旋律とそのフレーズの容態である。

低音弦楽器の旋律は第5音目から

C→Es→D→Fis

となる。文字で書くとオクターヴの状態が見えないので都合がいいのだが(笑)やはりジグザグであることがわかる。つまり旋律の要旨はここにあり、その前の分散和音4音がアウフタクトであることがわかる。

この楽章は4小節単位をキープしながら進んでいく。…もちろんフェルマータの前に例外はあるが。

低音弦楽器の旋律が変ロ短調で10度の跳躍をするが、ここもジグザグの中となることがわかる。スラーはベーレンライター版ではFから始まる。Asからではないこちらを採択する。演奏は難しいがこの意図が解ると意外と弾きやすいようだ。
同じように4楽章へ向かうヴァイオリンの不安定な動きについても、ジグザグの頭の欠如に起因し、その欠如した休符がフレーズの頭であることを意識すれば演奏に理解が生まれ、的確なフレーズを演出出来る。

4小節単位をキープしてトリオの前に来てみよう。もちろんホルンの主題の4分音符3つはアウフタクトだ。ちなみにヴァイオリンがこれを受けてから音が動き出したところの4分音符の小節において非和声音である1・3拍を除くとジグザグの下降形が浮かび上がる。

☆トリオの前の2重線は、4小節単位の3つ目の2拍に至ったところにあることがわかる。つまりトリオの開始は、キリが良いところに置かれていないのである!

しかしながら、頑なに4小節単位を続けてトリオを読み解いていこう。ストレッタが終わりヴァイオリンがGの高みに達するところは4小節単位の頭になっている!!

◎ここで、冒頭の旋律と比較する。冒頭は

4拍のアウフタクトを持つ旋律

であった。ではトリオの開始はどうか?4小節単位の楽節で考えると同じであることになる。この両者の開始の類似は計られたものであるかは知る由がない。しかしその気配を感じる。

トリオの開始は普段は4分音符1つのアウフタクトと捉えられているが、その前からの流れを止めずに、8分音符が並ぶ2小節の真ん中にフレーズの開始点があるようにする。4分音符+8分音符6つがアウフタクトというわけだ。2分音符は弱小節にあり、続く4分音符の動きは1拍のアウフタクトを持つことになる。

ベートーヴェンのイタズラはこれで終っていない。繰り返しを抜けた瞬間にセカンドヴァイオリンとヴィオラがフォルテッシモで挿入されることで、低音弦楽器のフレーズは4分音符ひとつアウフタクトのフレーズに変化してしまう。そのあとで現れるヴィオラの旋律も音形は何も変化しないが、4分音符ひとつアウフタクトの新しい旋律に変わっているのだ!

さて更に先まで4小節単位を続けてみると、4小節単位に抗う位置で低音弦楽器のピッチカートが入っている。そのあとアルコに戻ると付点2分音符を挟むことで4小節単位を遵守して主部に戻っている。

そして4楽章へ突入する前も第1ヴァイオリンが4小節単位を守れずに余ってしまっていることもわかるだろう。



ジグザグの動きについてもう少し触れておこう。

♩順次進行する4音が少しずつ降りてくる場面が散見される(2楽章142小節からや4楽章展開部で重用される主題)がこれもジグザグが由来であろう。

第1楽章コーダではチェロとヴィオラがジグザグを明快に示す。しかしそのあとの4分音符の進行にジグザグが隠れていることは判りにくい。これを表現していくと、そのあとの上行で表情豊かなフレーズが現れてくる。このあたりはボウイングに工夫をして演奏する予定である。


🎶3楽章のフレーズに関するカラクリは、交響曲第3番「英雄」のトリオにも応用できる。これが解ると繰り返しと主部復帰を容易にこなすことが出来る。お試しあれ。