私はタワーレコード社長嶺脇育夫氏と同世代である。

彼はアイドルウォッチャーを自負し、自らアイドル専門レーベルを立ち上げている。

ユースケ・サンタマリアも、モーニング娘。のファンを広言している。

私も含めアイドルを長い間注目してきたテレビっ子40代は少なくはないのではないか。

そんな人々のなかで、モーニング娘。及びハロープロジェクトのファンには、それ以前はアイドルグループ「ribbon」のファンであった者は多いのではないかと思っている。



ribbonは、今は女優として活躍する永作博美が所属していた3人組のグループである。

ちなみに永作博美はモーニング娘。を産んだ番組「ASAYAN」の司会をナインティナインと共におこなっていた。ここにも因縁めいたものを感じる。


ribbonは、フジテレビが番組内で作った「乙女塾」のメンバーから結成された。それ以前に結成された「COCO」(三浦理恵子が所属していた)に続き、より大人っぽいアイドルグループを目指していた。


楽曲はユニゾンで歌われるものではなく、メロディーを重ね合わせたり、ハーモニーを作るなど、高いレベルを必要とするものが多い。「Virsin Snow」「Deep Breath」等はベリキューの「超HAPPY SONG」に比肩する構造の楽曲である。これらの楽曲の成り立ちにはプロデューサー氏家氏(光GENJIも手掛けたそうだ)の力量があった。


ダンスにも彼女たちは進歩をみせた。最初は素人の踊りであったが、コレオグラファー川崎 悦子さんの指導のもと、表現豊かなダンスを確立していった。

アルバム「ワンダフルでいこう」を引っ提げての全国コンサートツアーでは、椅子やモップを使ったダンスパフォーマンスをおこない、3人の息が揃った様はアイドルの域を越えていた。


バラエティーでも3人の個性は開花し、テレビ朝日「KURA KURA」では入浴シーンがあったり、レレレのおじさんの変装で原宿駅前に出没したりと、思い切り振り切ったパフォーマンスをして業界から注目された。ものまね歌合戦ではメンバーの佐藤愛子が活躍した。


彼女たちは田辺エージェンシーに所属したこともあり、一級のエンターテイメントを目指して邁進した。劇団新感線と共演し、ロックンロールテイストのアルバムを作り、野村義男バンドの生伴奏でライブもおこなった。

そういったなかで、彼女達のなかで表現の方向に違いが出ていたのであろうか、あるいはあまりに急激に成長を義務づけられ耐え切れなくなってしまったのか、かなりひそやかに解散してしまった。


その後永作博美はソロで活動し、前述のようにモーニング娘。の胎動を目撃することとなる。


モーニング娘。の歌と踊りのなかに、無意識にribbonの面影を重ねている人々はいないだろうか?

モーニング娘。のパフォーマンス力に期待している者たちは、ribbonのライブ映像などを見てみると面白いだろう。

ribbonにとっての川崎悦子は、モー娘。にとっての夏まゆみに匹敵すると感じていただけるだろう。