3月3日といえば、

世の中はひな祭りとかで賑わうんですけど

私の中ではちょっと違う、特別な日です。

 

 

今から15年前のこの日、

ワタクシは当時の彼氏とその友だちと一緒に

ワゴン車に乗って大阪から和歌山へお出かけする予定でした。

 

が、途中の阪和線でクルマを運転していた友だちが

スピードの出し過ぎ+ハンドリングを失敗して

中央分離帯に結構いい速度で突っ込みました。

 

同乗していた7人のうち、最後列に座っていた私は

そのまま腰椎を圧迫骨折(骨がつぶれるけが)をして入院。

他の人はほぼ無傷だったので、私が最も重いけがでした。

 

 

当時を思い出しても、けがをしたことについて

まったく嫌な感情はありません。

 

むしろ、生きていて良かったと思っています。

 

高速隊の人にも、お医者さんにも

 

普通、このテの事故なら死ぬよ!

生きているのが本当に奇跡なんだよ

 

と言われたからかもしれませんが。

 

それよりも、骨の潰れ方が少しでも違っていたら

私は自分の思うとおりに歩き回ったりできません。

職業も限られていたでしょう。

 

でも今の私は

いつでも好きなところへ

思い立ったときに

自由に行き先を選んで 移動することができます。

 

これはものすごい幸福です。

 

今までも、たとえ辛いことがあっても

「あのとき、あのまま死んでいたかもしれない

だけど、こうして自由に生きていられるのは

神さまが《おまけ》をくださったから」

と思って乗り越えてきました。

 

私の人生は一度、20歳になる年のこの日で終わりました。

つまり「今の人生=おまけ」と思っています。
 

そう

おまけだから、延びれば延びるだけラッキー

終わっちゃったらしょうがない

足が動かなくなって、車いす生活になっちゃってもしょうがない

 

だって、神さまがサービスでおまけしてくれた人生だから

 

だからこそ大切にして、少しでも楽しくしていれば、

きっと神さまも「サービスして良かった〜♡」ってなるでしょ

 

ということです。

 

このおまけの人生が始まった3月3日を

自分のもうひとつの誕生日として、

毎年、無事に迎えられることを喜んでいます。

 

今年で15歳ですから、もう反抗期ですね照れ←なんのこっちゃ

 

 

毎日、こうして無事に一日が終わって

それが365回くらい続くと

1年無事に過ごしたことになって

また誕生日を迎えられる。

これって、ものすごく奇跡的なことです。

 

最初のタロットが作られた

15世紀くらいまでの絵画の世界でも

【死】は神さまの気まぐれ

という考え方もあるようです。

 

どんな人にも平等に“死”はやってきますが、

いつくるかは神さまの気まぐれなのです。

 

だから、今のこのおまけの人生も精一杯楽しみますよー(*^ω^*)

こここここんかつも頑張ります……