今日は2つの保育園をしっかと見届けなければならない日だ。


見学する際には注意点があるというのに、この数日気づかされた。
すなわち「前もって見学する日を予約する」ことだ。

よくよく考えてみればわかることなのだが、つまりは子供たちのリズム・・・
散歩したり、おやつ食べたり、昼寝したり・・・
があるので、好き勝手なときにこられては困る、という至極まっとうな理由だろう。
さらに、そういった理由から
「見学者は一日に一組だけ」
と限定している園も多く見受けられた。


私は保育園見学を始めてから、自転車で保育園に通りかかるたびに
無性にガサ入れしたくなる症状に悩まされている。

しかし査察官「マル保」も、抜き打ち検査は御法度なのだ。



見学の約束を取り付けるため、集中して電話をかけまくったおかげで
同じ日に2つの園をみることになってしまった。
きっと、他の「マル保」たちはそうやっていくつもの眠れない夜を超えてきたのだろう。




時は来た。

今日、朝の10時から11時で、三鷹と明大前を往復しなければならない。

ところで私は自分に「自転車で見学にいく」というルールを課している。
自分の足で、保育のケモノ道を舗装していくのだ。


8月の暑さ。

約束の地・三鷹の「認証保育園」につくと、カンカン照りのなか、
ぼくは一人びしょびしょだった。
人のうちにあがるときに絶対避けたい状態くらい、びしょびしょだった。

園長さんは「暑かったでしょう、わざわざすみませんね」
気をつかってくれた。

園児たちはプールに入っているという。
私は嫉妬に燃えていた。

暑すぎる・・・


駅からほど近いその保育園は、みたところ、いわゆる平均的な施設
なんではないかと思った。
もはや何度か経験しているので、空きがないことはわかっている。


「いま、何人くらい待ちですかね?」

緊張せずに聞けた。


「んー・・・そうですね、30人くらいはいらっしゃるんですよね~」



トラ!トラ!トラ!


暗号を発信してしまった。



やにわに30人待ちと言われて、膝から崩れ落ちた。
すべてがスローモーションになって。


軽く一礼すると、黙ってその園をあとにした。
愕然とした。




しかし、ボンヤリしている暇はない。
すでにこの時点で10時半。
すぐに旅立たなければ、約束の11時には着かない。

猛ダッシュで逆戻り。

電車で行けばいいじゃないか、と思うかもしれないが、
この行程だと自転車の方が早いのだ。

この日、甲州街道の沿道では
「今日すげーやつがいた」
と噂になっているだろう。

漕いで漕いで漕ぎまくった。


明大前・10時55分着。


ふうぅ~~~~~~~。


安堵するのもつかの間、約束の地が、見つからない!!
ここだろう、と思っていたところにないのだ。

「アレ、あれ、アレアレ????」

道にいた警察官に聞くも全くアテにならない。


10時56分、57分、58分・・・
でぇーい、電話じゃ。


プルルルルルル。

「すみません、場所が分からなくなってしまっていて・・・」

「あ、建物がわかりづらいかもしれませんので、出て待ってますね」



結局また遅刻だ。ちくしょう、ちくしょう。
大粒の涙がこぼれた。


その明大前の保育園は、だいぶ前に通り過ぎていた・・・
確実に間に合っていたのだった。


しかし外からは子供たちが生息してるとは1ミリも感じられない、
グレーの、硬質な外観のマンションだった。


「遅れてすみません・・・」

聞き飽きた台詞だ。


「わかりづらかったですよね。」


私はその時、さっきにも増してびしょびしょだったのだが、
そんな事はどうでもよかった。

なんと目の前には、広大で、肥沃な国土が広がってるではないか。


全っ然、外身とちがーーーう!!
今までみてきた中で俄然広さが違う。

そして、子供達の元気のいいことよ!!先生たちの凛々しさよ!!!


やっと理解できた。
世の中のママたちが、我が子を預けることに対する、
見学の必要を必死に説いてきたワケが・・・。


「このほいくえん、ほしーーいーー」


赤ちゃん返りして、叫びそうになった。


保育園では結構チェーン店的なところも多く、ここもその一つらしい。
かなり教育的な部分もしっかりしてるようで、都内各地にもあるそうだ。

できればここに入れられれば文句ないな、とふむふむ感心しながら話を聞いていると、思わぬものが目に入り込んできた。






・・・・・拙者の靴下に、穴が開いてござる。






ごぼごぼごぼごぼ。
アワを噴きはじめる私。


私はもう大人です。

なんて不運が重なるんだ。
緊急特別会議が開かれた。


悪魔「こんなの、黙っときゃわかりゃしませんよ。ねえ。
   黙って隠し通しましょうよ。」

天使「わたしはちがうと思うわ。素直に、正直に、『穴開いちゃってるナ、てへっ』
   これでいきましょうよ。わかってくれると思うわ。」

悪魔「ばっきゃろう、そんなマイナスになることをこっちから宣言してどうするんだ!
   だからいっつも損するんだ!!こないだだってな・・・」

天使「あなたってだからわかってないのよ。正直に言ったら、もしかしたら、
  『この人、正直でバカなお父さんだな』、印象がよくなることだってあるかも
   しれないのよ」

悪魔「あーー、はいはい、お前の言いたいこ・・・」


バタン。おはなし絵本を閉じました。




「あっちゃー、穴開いてる、ごめんなさい!」



勇者は、カミングアウト作戦を実行した。

園長先生は、ただ笑っている。

勇者は、話をそらした。

園長先生は、話を始めた。



「たまたまいま、0歳児クラスさんで丁度空きが出てまして・・・」

油断していた。
あれだけ混んでるのを目の当たりにしていたので、待つのは当然と思っていたのだ。


他の園は大概先着順で入園が決まっていくのだが、
この保育園は入園希望の熱意とか、相性とか、条件をみて
園の方で選ぶのが特徴となってるのを聞いていた。

なので、「いいな」と思った時点で、熱意をこっそり打ち明けていたのだ。
シロアリが家を食い尽くしていくように、じわじわと、根っこから・・・

と同時に、先ほどの大胆なカミングアウト作戦が、脳裏をよぎった。

まさかな・・・。



今日申し込みをすれば間に合うということで、希望をだした。
その日のうちに選考して、次の入園者が決まるという。

「もし決まりましたら、御連絡いたしますね!」


その園長先生の声の張り具合から、
「もらった」

と思った。

長距離の自転車も嘘のように足取りも軽く、帰路についた。




その後数週間たった今、連絡が来た形跡は、ない。



(つづく)


いつもよりも目覚める回数が異常に多かった。

結局朝7時に起きて準備を始める。
今日は内部査察の日。緊張は極度に高まっている。
何度も悪い夢をみた。


初めて向かう乳幼児の館、その種類は、
「認証保育園」。

興奮と不安がないまぜになったまま、京王電鉄の琴線に、
乗客の真心に、そして車掌の逆鱗にふれながら、保育の園の門を叩く。



緊張がそうさせたのか、その前に私はさっそくひとつの間違いを犯した。
「道を間違えて遅刻」。
ことがことなら、ことがことになるとこだった。


以前住んでて勝手知ったる土地だったため、調子にのっていたのだ。
冷や汗がドロリと流れる。

「やってもうた~♬」

新曲が飛び出した。




すぐさまホットラインを結び、間一髪ことなきを得た。
それどころか、

「あー、道わかりずらかったですよね、こちらへは・・・」

という素晴らしく迅速な対応、わかりやすい道案内を聞けた。


「あなたの園は、10ポイント獲得したよ。」


こころの声が静かにつぶやいた。



これも私の作戦だ。私が品定めをするのだ。
選ばれるのではない、選ぶのだ。




「お、おはようございます、遅刻してすみま・・・」


「ぎゃー、ぎゃー、ぎゃー わーわー」


うわぉっつ。
こいつはどえれぇことになってる。


「あーおはようございます、お電話いただいた・・・」
やさしい。40くらいの園長先生の声で、
緊張の糸もいくらかほどけた。


はじめに受けた印象は、「先生って、すごいなー」。


感情のほとばしりを抑えられない数十人の益荒男どもに囲まれて、
ほんの一握りの大人たちがみえない指揮棒をふるって見事に奏でているのだ。

ときにはげしく、ときにやさしく・・・。


もはやただただ圧倒されて、言葉を失ってしまった。
結果、ずっとちんぷんかんぷんな問答がつづくことに。


「部屋おっきいですね~(全然しらない)」

「うわあ、結構キレイですね~」

「ごはんおいしそう~」



なにひとつ、正確かつ鋭利な意見を口にすることはできなかった。



そして極めつけの一言をいただく。

「申し訳ないんですが、今は十何人待ちで、
正直、中途入園は難しいですね・・・。」

やさしく諭されるように言われたため、かえって心に響く。
一筋の涙が流れた。



選ぶのではなく、選ばれるのだ。



数分前まであった矜持がはかなく霧散してしまった。


泣きながら次の保育園に向かった。

(つづく)

戦いの火ぶたは切って落とされた。
いま、私は前線に送り出された二等兵。


戦況は傾いている。圧倒的に我が軍は不利だ。
なにせ、他国がどんどん宣戦布告をしてる時に、
我が国は内政に力を注いでいたのだから。
(二等兵はなにもしていない)


どうも、敵は何種類かあるという。


大国「認可保育園」。
強大すぎる。

圧倒的な組織力と、たくみな経済政策。
所得と家庭の事情という尺度で、押し寄せる軍勢を
バッサバッサと斬り倒してくる。

つまり、「中途」の入国は不可能、と我が国のKGB(妻)はつぶやく。





隣国「認証保育園」。

名前がややこしい。認証も認可も、認めてるって意味では同じではないか。
まずは情報戦(電話をかける)だ。


「プルルルルルル」

ガチャ

「あの、中途の入園を希望してるも・・・」

「ちょっと難しいかもしれませんねー」

「・・・・・・」


今、隣国は、人口であふれかえっているという。
保育難民の流入を防ぐのにせいいっぱい、といったおもむきで、
電話口の外交官は取り乱す。


私は、停戦調停を申し込むべく、内部査察(見学)
をとりつけた。スパイ行為も可能な二等兵の私の出世も目前だ。






列強「無認可保育園」。

この国々の経済情勢は強烈だ。
いかなる経済援助も受け付けない、頑な姿勢。
「永世中立国」に一番近い国。
国民に、すべての責任を問われる国。

だれにでも門戸は開かれている。


「プルルルルルル」

ガチャ。

「あの・・・」

「今なら空きありますよー」



自由経済で営まれているこの国は、認められないが故の
自由を謳歌してる、とでもいうのか。



この国の内部査察の承諾も経て、これから、いよいよ敵陣に乗り込むのだ。

「保育園入園のしおり」

という武器をもって・・・



(次号につづく)