今年5月
新御三家と呼ばれたスターの1人
西城秀樹氏が死去された事は
皆さんもご存知かと思う。
ハードロック一筋だった私も
彼の曲は歌謡番組を通じて
よく知っていた。
傷だらけのローラ
ギャラン・ドゥ、中でもYMCA
ヴィレッジピープルのヒット曲を
日本版に変えて(内容は違うが)
全国の老若男女を元気にした。
彼の歌唱力や野性味あるルックス、
シャウトする佇まいは
彼ならではの大きな魅力だ。
中でも彼の長くしなやかな黒髪は
ロックを愛する若造のアイテムとして 
是非とも真似したかった。


ロレアルサロンと呼ばれる
KOSEの美容院でパーマをかけたが
当時男性が美容院へ行くこと自体
まだまだ偏見の目で見られ
少しの勇気と覚悟が必要だった。
(因みに今では大衆理容(大人1500円)
9㍉の丸刈り+顔反りで1800円成り)

今を思えば
自分なりに尖ったファッションスタイル。
継ぎはぎのGパンにロンドンブーツ、
少し胸を開けるとさまになる
JUNのボディシャツ。
そして、西城印のヘアスタイル。
コンサートは
スレイドマウンテン
ウィッシュボーン・アッシュなど
毎回、演者の唾を浴びながら
心にビートを刻んだ。

あくる日、
マーシャルアンプの大音量で
授業が聴きづらい事必至。
1週間の難聴が続いた。

イメージです

西城氏が死去されてからも
民放各局はこぞって
彼の音楽に対するひたむきな姿勢を
取り上げた。
歌と踊りのパフォーマンス、
野外コンサートやマイクアクションなど
歌謡曲初と呼ばれる彼の試みは
今日のJ-POPの礎となる存在に驚いた。

度々の身体的苦難に立ち向かい
尚も完全復活に意欲を燃やした
闘病の日々を見てさらに感動した。
最後までプロフェッショナル。
野口五郎氏が葬儀壇上の席で
積年の思いを涙を流しながら
彼に語っていた。
きっと、
マスコミに秒単位で切り売りされた
自分たちの青春の日々が
苦しくも楽しく過ごした同志としての
労いの涙に違いない。

時代と共に
キャラクターが変わった
カレーのCMを見ると
あの頃の彼のキャッチフレーズが
今でも、頭をよぎる。

合掌。