生けにえなのか・・・そこにあるアリの世界。
2013年分です。それから10年、いまだに つづいているもので
よろしかったら、ご参考に。。


ゆえあって、毎朝お水をお祀りする とある地主神さま。


 地主神さまの.jpg 


話は、そんな地主神さまの お水の容器で おこる。


 お水.jpg


お水を取り替えたお水の容器の中に、最初のアリが浮かぶ。


 まず一匹.jpg


その後、数時間おきに1匹づつ、新たなアリたちが浮かんでいく。


 増えてゆく犠牲.jpg


そう、 アリはつぎつぎに 水のなかに引き込まれていくのだ。


のの 翌日の犠牲.jpg


1日の終わりに、地主神さまのお水の中を覗きにいくと〔犠牲にな
った〕5・6匹のアリたちが、水面に浮かんでいることになる。

 ● 水が苦手のはずではないのか 
 ● なぜに容器の中に入り込むのか
 ● 水ではないと錯覚してしまうのか
 ● 抜け出せなくなった仲間に気づかないのか
 ● あるいは仲間を助けに来たというのか
 ● 巣では、毎日の犠牲に気づかないのか
 ● この危険な場所を迂回できないのか
 ● このエサや水集めのルートを 外せないのか
 
などといった疑問が、脳裏に浮かんでは消える。

そこには、活動期間のあいだ 雨の日を除いて日々繰り返される 
彼女たち働きアリの世界/社会がある。


晴れ 仮に、アリの〔冬と、雨の日を除いた〕活動期間を180日と
  した場合、6匹×180日で年間に約1000匹ちかい犠牲が
  でることになります。それでも続けられているというのは、な
  ぜなんでしょう〔もしか生贄だったり?〕。
  溺れてしまうのは勘弁だけれど、できればアリになって調べ
  て見たい気もします/笑。
  
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ミノムシ。逃げ足早し。。
じーっと枝にぶら下がっているイメージのあるミノムシですが、
意外に動きが早い。また その運動量に比例するようにじつに
食欲もまた旺盛なのです。前回にひきつづいてよろしかったら。



枝にじっとしてぶら下がっている・・・といったイメージの強い
ミノムシ。  ですが そんなミノムシたちを、たとえば動きの
よくわかる透明なガラス製の花瓶のなかに放り込んでおくと・・

   

ものの10分もしないうちに

   
   

しきりにうごきまわって、なかには瓶の外に逃げていってしまう
強者もいるほどの行動をします。

そんなミノムシたちですから 食欲も旺盛。

     

4月のはじめのサツキの新芽が食べられると、↑の写真のような
葉が まだらなかんじに食害されてしまいます。

 

アップすると、こんなかんじ。動きの早い彼らですから、繁殖
していた場所のはを食べ尽くすと、当然のことながら葉のある
となりの枝に移動して、めしゃむしゃむしゃめしゃと、おなじ
ような食害を繰り広げ、しまいには樹が枯れてしまうこともあ
るのです。

    

この枯れた部分にいたミノムシがこちら。 ざっと15匹ほど。

いつになく寒かった今年、ツツジノグンバイやハダニなどは少な
かったのですが、このミノムシの早すぎる繁殖ぶりには驚かされ
てしまいました[例年は梅雨明けに多いミノムシ被害は​こちら​]。

・・・今年はどうも芽の萌きが遅いなあ

などと思われている方がおられましたら、ミノムシがいないかど
うか調べられたら良いかも。です。


晴れ  寒いうちからオルトラン粒剤なども散布し散水もして
  発生予防していたつもりなのですが、まんまとミノガし
  てしまいました。

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遭遇しちゃったのかも・・・な話。
カッパ シリーズ[こちら]に もどりました。
 ↓

長田峡[​こちら​]の駐車場から峡谷の下流のほうの遊歩道に
でて、大人ふたりが ぎりぎり並んで歩けるくらいの道幅
を、張り出した枝に頭をぶつけないように注意を払いつつ



同行者とふたり、右手に峡谷を見ながら上流の方向へ歩く。



歩を進めると、かなりな下に見えていた川面が次第に




うえに せりあがってくるのがわかる。



そうこうしているうちに 峡谷をせき止めている堰/せき
が姿をあらわし



ごうごうという音を立てながら堰を乗り越える清流の生
み出す水しぶきが、あたり一面を ひんやりとした空間
へと 変化させる。



堰の上流は せき止められた水で 満ち満ち・・・上流
のほうへといくほどに、堰からの落水のつくりだす水音
は遠のいて、あたりを静寂が包みはじめる。
 
      

水の生み出す、こんな動と静の対比を、しばし目をつむ
って身体全体で感じていたちょうど、そのとき。



関係者以外は立ち入り禁止となっているはずの 鎖のかけ
られている川の上流方向から なにものかが近寄ってくる
気配をかんじた。



右手には川面、左には用水。大人ひとりがやっと通れるほ
どの川面と用水に挟まれた小径の向こうから音もなく歩い
てこられたのは、洗濯したてであるような作業服の上下を
きこしめしたご老人。白髪の短髪で眼鏡をかけておられる。
その方がうやうやしい態度で、両手でなにやら四角い籠を
おしいただくような格好をしながら 歩いてこられている。

見た目で推し量る年の割には しっかりとした足取り。

立ち入り禁止の上流から あの足場の悪い細い径を無事に
歩いてこられたのだから、
これはこの道の通行に慣れた現地の水利組合の方なのかな
・・・などとおもいをめぐらせつつ、
なにせ狭い通路であるので こちらが避けねば危ないとお
もい、足元をみて道の端に寄って、こんにちは と声をか
けながら、われわれ二人は 道をゆずった。

こんな場面と径の状況には 手馴れたご様子のご老人は
しっかりとした声で、こんにちはと返事を返され,狭い径の
幅など意に介さぬ様子で なにごともともなかったように 
すっとすれちがって道先に歩をすすめられた。

しかし。そのとき。 自分は見たのだ。

すれちがった、そのご老人がうやうやしくおしいただく
竹籠のなかには 和装の男の赤ちゃんがいるのを。

これは妖しい。あまりにも奇妙。

こんな危険な、一歩間違えれば 冷たい川や堰や峡谷に
転落する可能性がおおいにあるせまい道を、赤子がはいっ
た籠を押し頂きながら、立ち入り禁止の道のほうからやっ
てくるご老人がいるなんて。

そんな不審を感じたのは、私のうしろにいた同行者も同じ
らしく、このご老人はいったい何者なんだといったかんじ
で[いろいろなことを想像しつつ]ゆっくりと振り返った私
の顔を怪訝そうな顔でみつめている。

そして。さらに 私が驚かされたのは、同行者のうしろ。

振り返った私の視界から、すれちがったはずの ご老人、
赤子のはいった籠を もっていたはずの ご老人の姿が
視界から消えていたのだ。

たしかにすれちがって数メートル先には、遊歩道にいる
自分たちからは死角となる、直角にまがった峡谷の駐車場
へとつながる上りの階段がある。まちがいなくその階段は
存在するのだけれども、
ただしかし籠を抱えたご老人が それほど素早く移動とは
思えないほどの時間しかたっていなかったはずであるのに、
あるべきはずの後ろ姿が 振り返った私には確認できない
のだ。

これは階段方面を見に行ったほうがいいのかなと思いつつ、
そのとき はっと気づいて、前方を見た。ここでやっと立
ち入り禁止の場所にかけられているはずの鎖、鎖の存在に
気がついのだ[鎖は下から2枚目の写真に写っています]。

視界に入ったのは、しっかりと左右の手すりに かけられ
たままになっている鎖。

籠を抱えて両手がふさがっているはずのご老人は、どうやっ
て この鎖をかけられた場所をすっと通過できたというのか。
おもいだそうとしても思い出せない。 私の頭のなかでは、
すれちがったときの、竹籠のなかの赤ちゃんの穏やかな笑い
顔しか思い出せないのです。

後になって考えても理解できないことだらけの、不思議で
不可思議な、いまから8年ほど前の、夏の長田峡での体験で
した。


晴れ このご老人と赤子の二人連れには、なんとも品の
  ある気高さみたいなものを感じました。水の精霊
  というか自然神という性格を持つ[​こちら​]ものも
  カッパと称するというのであれば・・・おふたり
  こそが 沖水川のカッパであらせられたのかも。。
  とにもかくにも、こちらは最上級の敬意をもって
  接したのもよかったな と思う今日この頃。
  
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肥料不足なんだから、ここはひとつ。
岸田文雄首相は23日、対ロ制裁を継続するように指示した・・とい
うニュース関連で、7月5日の採録です。・・日本の肥料使用量は世界
全体の0.5%にしか過ぎない
という統計[2018年]もあるのですから、
制裁参加に免じて何とかしてもらえそうな気がするのですけれどねー。
ということで よろしかったら、ご参考に。



世界的に 肥料の品不足と価格高騰がつづいています。 その原因は
化成肥料の原料となる リン鉱石ならびにカリ鉱石の不足によるもの。

   ちなみにこちらがリン鉱石。

こちらがカリ鉱石由来のカリ肥料となります。

  

さて・・・・

なぜに鉱石が不足&高騰してきたのかといえば、まずはやっぱり新型
コロナウイルス蔓延の影響。採掘場での人手不足からはじまって、そ
の後の巣籠り需要によるコンテナ船の不足や港湾作業の遅れなどの物
量停滞、さらには原油の値上がりによる輸送コストの上昇といった要
因があげられるのですが・・・・それに前後するかたちで

 ■ 中国による日本向け肥料輸出の制限
 ■ ロシアのウクライナ侵攻による欧米日の制裁
 ■ 制裁国に対するロシアの肥料輸出規制

といった最近よくニュース報道される事象がおこったためであります。

そこで先日開催された G7先進国首脳会議です。



このG7のメンバーのなかには、不足している原料鉱石を豊富にもっ
てる国がある。そう リン鉱石の米国、そして カリ鉱石のカナダ
です。そこで、それを踏まえてのわが自民党総裁・岸田文雄首相への
お願いです[唐突ですけれど]。

『G7のよしみ、今回は北大西洋条約機構(NATO)首脳会議にも出
 席したのに加えアジアにおける数少ないロシア制裁にもわが日本
 は組みしているのだから、せめてこの非常時のあいだだけでも、
 我が国に鉱石/いしを融通していただけませんかね。バイデンさん、
 トルドーさん、よろしく頼むよ』

なんてかんじで[角さんふうに]申し入れていただきたい。

もともと2000年以前は 米国とカナダの両国から鉱石ズを輸入
していた過去のある日本
なのだから、昔取った杵柄、それほど無茶
なお願いであるともおもえないのですけれども。

国民政党として国民のために働くとおっしゃっている岸田首相です。
ここはひとつ日本の農業、ひいては日本国民の食のためにも、お骨
折りよろしくおねがいいたします。

ということで今回は、せっかくの外交の岸田、じょうずにつかわな
い手はない・・というおはなしでした。


晴れ ちなみにゼレンスキーさんとプーチン大統領に直接あって
  きたジョコ大統領のはなしは​こちら​。かっこよかったー。


51P4M6yKWYL__SL500_SS75_.jpg夢で終らせない農業起業」「 本当は危ない有機野菜」


 

ミノムシ、おそるべし。
被害の甚大なサツキだけでなく、暑さにかまけて おざなりになっ
ていた庭木の葉っぱをよくよく観察してみれば、アカメガシの垣根
はもとより、はてにはオリーブなどにさえミノムシがぶら下がって
いる始末。これほどのミノムシ大量発生は経験がないといってよい
ほどの状態です。ということで、前回にひきつづきミノムシ編です。

 ↓

ミノムシ被害による葉っぱの消失状態に毎年毎年おちいってしまう
サツキ[前回分は​こちら​]そこで 今年こそは喰わせてなるものか、
と昨年の秋から最低でも月に一度は 対ミノムシパトロール&駆除
を実施してきた成果か、最近ではムシの個体もめだってめっきりと
すくなくなり[せいぜい2匹程度の発見率↓]

       

これなら今年の夏にはきれいな姿の樹体を楽しめるな♪と、ことし
の梅雨の中ごろまではそう思っていたのもつかのま、梅雨が明ける
じぶんになったころから、あらためてサツキの葉ぶりをよくよく眺
めて見てみれば、左の写真↓の サツキの中央部が、うすくなって
きているのに気づかされたのです[左は全体、右は中央部のアップ]。


   

あれれ、おとついパトロールしたばかりでもあるのに腑に落ちない
話だなと思いつつ、あらためてよくよく枝葉を調べてみれば・・

なんだか小さいのが 

1本のサツキを調べただけでも、こんなにいっぱいいたーっ。。。。

        

ということで今回は、成虫だけに気をつけて駆除していたとしても
梅雨あけには、春に産み付けられた卵が孵化してたくさんのちっち
ゃい子どもミノムシにやられてしまう、ミノムシおそるべし・・と
いうおはなしでした。

いゃー、きづきませんでした。はて、どうしたものか・・・。


晴れ  ちなみに1枚目の写真にもうつっていたのですが、
    ちつちゃな個体は大きいミノ
   ムシにひっついてもいたのですねー。ツツジが
   やられてくやしいけれど、なんかかわいい。。
 
51P4M6yKWYL__SL500_SS75_.jpg夢で終らせない農業起業」「 本当は危ない有機野菜」
 



 

垣根が丸坊主にされるまえに。
梅雨から夏の時分には、ひと雨ごとにぐいぐい伸びる枝葉とか下草
とかに気をとられて、ついつい疎かになってしまうサツキの垣根の
様子見。葉がなくなって丸坊主にされた 昨年・一昨年の 苦い思
いを胸に今年はひまを見つけては駆除してきましたが、そんなに気
をつけていたとしても お盆前後には発生してしまうミノムシ被害
ということで、ご参考までに よろしかったら。 

 ↓

『サツキを丸坊主にした犯人は/2018年6月分

じとじとと小雨が降りつづいた長い梅雨もおわって、ひと月あまり。

晴れ渡った青空のもとで、早朝の涼しいうちに事務所の剪定でもや
ろうか・・と、道具をもってお盆前の樹木の伸びを確認していたら

     

列に植えられているサツキに、葉がなくなって丸坊主になりかかっ
ている部分を発見[映像↑の左の映像が被害個所・右は健常部分]。

しまった油断した・・・とおもったときには大発生しているあの虫、
ミノガの仕業です。

     

ミノガとは もちろんミノムシ。

葉や枝を食べた残りくずで 幼虫の作る巣が、ワラ製の雨具である
蓑/ミノ[こなきじじいが着ているアレです]に 似ているために
ミノムシとよばれるようになったのであろうという、あの虫です。

 いったいどのくらいいればこんなに丸坊主にされるのだろう

と、ためしに被害個所の1本当たりの1センチ以上の大きさのムシ
を、ひとつふたつと枝から引き剥がしといったところ、約30匹く
らいのミノムシを捕獲しました。


    


農業用の害虫図鑑をひも解けば、

 発生は年1回・梅雨あけに新成虫が現れる

とされていますので、6月の中旬以降につぎつぎと孵化した幼虫が
2月弱あまりでおおきいものは3センチ強に育ったことになります。

そしてこのミノムシ。 特筆すべきは、その防除の厄介さです。

なんせ防水性に富んだミノを持つ。たとえ薬剤を散布したとしても
安全なミノのなかに逃げ込んしまうのでなかなか薬効がないのです。
さらには汎用性な食性も武器ということであり、75種の庭木や樹
木で発生し、ときにはヒマワリなども食害するというからビックリ
ですよね。

ということで、お庭の手入れが趣味のあなた。

梅雨明けてひと月のいま。お庭の一角に丸坊主になりかかっている
株はありませんか。もし存在/したとしたら、対処は いま。充分に
生長して被害が広範囲に広がらないいまのうちに、せっせとミノを
みつけて捕獲してまいりましょう。

ということで今回は、梅雨明けの爽やかなサツキの新緑を丸坊主に
した犯人は局所に大量発生するミノムシだった というお話でした。


晴れ  身の回りにある 手ごろなものでも、ミノを作るミノムシ。
  色とりどりの毛糸クズのなかに、蓑をはずしたミノムシを
  入れて毛糸のミノを作らせる・・なん遊びも以前は流行って
  ましたよね。

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川遊びにはもってこい的な。
先日ご紹介した見晴らしの良すぎるトイレ[こちら]は梶山地区に近い
矢ケ淵公園にあります。 そのトイレから沖水川の方向を見た景色が
こちら。 

       


川には 石造りの小ぶりなメガネ橋がかかっており そのメガネ橋
の上から 逆にトイレの方向をみた映像が こちら。



こちらが公園の表札というか標柱。のどかなかんじで なかなかの
ものなんですよ。

     

こちらが 橋の上に引き返して沖水川の下流をみた風景。左手の
淵は なかなか深そうな色合いをしています。




同じく橋の上から、反対側の沖水川の上流をみた風景が こちら。

      

橋の真下部分には 6角柱からなる台場があります。

子どものころに日常的に川遊びをやってきた経験のある、ちょっと
泳げるヒトであれば、下の右の写真の 岩の出っ張りが絶好の飛び
込み台であることがわかりますでしょう。

この部分はむかしから[江戸時代はもとより]、夏場は 涼を求めて
やってくる 近在の子供たちの 恰好の遊び場だったことでしょう。


  
   

そしてちょっとやんちゃな男の子たちであれば昭和になってできた
という橋の上からのダイブなど日常茶飯事、川の色から推し量ると、
橋の上からのダイブには絶好なポイントでありそうです。

ただ。

宮崎在で、学校の水泳の授業は こういった川でやってきた自分の
体験からいえば、この矢ケ淵は なかなか気難しい難物な淵 であ
るように思われます。
・・・そう 数年に一度くらいは、おおきな水難事故がおこっても
不思議ではない場所に思えます。なんといってもここは 川。プー
ルとちがって 流れがあるのがあたりまえの場所ですものね。

そういったいわゆる “魔の射す場所” であるようにも、十二分に
感じられる場所だと思うんですよ、この矢ケ淵は。そういった感触
を妖魔にたとえるとするならば、カッパが数匹はいる・・といった
表現になる気もします。

ということで今回は見晴らしの良いトイレのあると同時に江戸時代
にカッパが撃たれたという話[こちら]の残る梶原地区に近い矢ケ淵
公園と、そこを流れる沖水川のご紹介でした。


お化け 一昨年だったか、おもしろく見たロシア映画の『ゴーゴリ』。
 健気だった登場人物[というか妖魔というか]であった“水の精”
 なんかが川底にいるようなそんなロケーションにもおもえる場
 所でもありそうで。

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川のそばの見晴らしの良いトイレが、じつは・・・。
暑気払い と称して憑かれたようにカッパ話を続けていますが、
またまたそんなはなし。ただ、ゆえあってこの写真撮ってから
は5年ほど現地に行っておりませんので2022年現在の現況
はちがっているかもしれません。ということで、よろしかったら。
 ↓


男女別に分かれた、見晴らしの良い開放的なトイレ室、2つから
成る建物。

   

トイレの上の屋根は切妻ふうになっております。

   

そしてこのトイレの特長は なんといっても、その立地条件。


     
 
      
見ようによっては、大草原の小さな家ふうに
こんなかんじで 見晴らしのよい川辺りの芝生のなかに建ってます。

晴れた日のドライブ中に立ち寄って用をたすには、もってこい。
みたいな そんな爽快な トイレです。

しかしですね。

この草はらの脇を沖水川が流れるこのトイレのある場所、じつはここ
こそが、三股町梶山。そう、文政年間に侍の上村休助がカッパを銃で
射止めた[​こちら​]という その梶山地区であるのです。 当時はこの
あたりがどんな様子であったのか・・・興味がつきない場所ではあり
ますね。

まあ、そしておもうんです。

カッパの話は別にしても、真夜中にこんな広い草っぱらのひとけのな
い場所にあるトイレで用をたすのは、ちょっと勇気がいるかも。。


晴れ トイレにはいってドアを閉めたとたんに、川の方向から水しぶ
  きの音が聞こえたりとか、びちゃぴちゃなんて まるで水掻き
  のあるような足音がちかづいてきて、ドアをノックなんかされ
  ちゃったひには・・・いったいどうしたらよいのでしょうね。
  
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閻魔さまでもなかろうに。
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」と、むかしはよくいわれたもので
すが、そんな話を連想させられたのが、くだんの 都城の島津伝承館で
おこなわれていたカッパの手の展示をみたときでした。そんな カッパ
はなしまだ続きます。

 ↓

カッパに取られるものといえば、ヒトの肛門にあるとされた想像上の玉
である「尻子玉」であるのが普通なのです。しかし、前回 ご紹介した
島津伝承館で公開されたカッパの手足の入った箱」の 説明書きには
尻子玉とは別の、ある意味意外ともいえるものがとられると書いてあり
ました。 

それは・・・シタ。 
なんと、ヒトの舌だというのです。

その説明書きの解説を見た瞬間に、“閻魔さまでもなかろうに”って、
ついついつツッコミいれてしまいましたよ/笑。

それにしても今も昔も猛暑の夏。

たまらない暑さに耐えかね、清流の流れに涼を求めたくなるのは、誰し
も同じ。そんな川遊びにでかけたヒトを見ては舌を抜く河童/カッパが
沖水川の水系にいたとしたら、そして そのようなたちのわるい悪さを
繰り返していたのだとしたならば、
それは上村休助さん[​こちら​]ならずとも〔祟られるかもとは思いつつも
ズドンと鉄砲で撃ちたくもなりますわな。などと、箱の説明文を見た 
わたしは思ってしまいましたよ。

川で見かけた不思議なモグラのはなしにつづく。


お化け 失神したときに舌が丸まってしまうという話は、格闘技の世界では
  よく耳にする話です。昔の方は、水でおぼれて失神したヒトの、そ
  んな舌の状態を見て、「河童に舌を抜かれた」なんてことを想像し
  たものかもしれませんね。。

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カッパを撃った男のはなし。
2014年分のリンク先及び内容を一部変更して再掲載
です。 暑気払いに よろしかったら。


前回は、長い年月をかけて沖水川がつくり出した​長田峡​をご紹介しま
した。そして、この長田峡の周辺では、

 ● 沖水川周辺では、河童は “がぐれ” と よばれていること
 ● その がぐれ に関するはなしが 伝承されている

というお話を、すこしばかりさせていただいたのです。そんなことを
考えながら毎年夏が近づくたびに涼を求めて長田峡の周辺に通ってい
たのですが・・・本年[注・2014年]の4月末に 寝耳に水のビッグ
ニュースがとびこんできました。

なんとそれは、「都城市にある都城島津伝承館にて4月19日から
6月22日までの間、江戸時代に三股町の川岸で銃殺されたカッパの
手足が初公開される」というもの 。← 注・2014年です。

その都城島津伝承館によるカッパの手足の写真 こちら 。
そしてこの展示に関する新聞記事が こちら となります。

この新聞記事にはありませんが、じっさいにの会場ではもっと詳しい
謂われが、この手足とともに伝わっており、その添付文書によれば

 文政年間、侍の上村休助が現在の三股町梶山でカッパを銃で射止
 めた後、急病になったが、 友人の大川原世則が修験者にまじない
 を頼み回復。世則は休助からお礼にカッパの両手足をもらい、
 一対を同家に献上した


と記されていたのです。

カッパの手足が本物か否かももちろん気になります。が、それより
も重大なのは、

 ● 事件に関する前後の詳細が残っている
 ● 関係する人物の氏名がわかっている
 ● 撃った場所が特定できる

ことだとおもいます。

そうなんですよ、とかく “正確性を欠く伝承ばなし” として伝え
られることばかりの、カッパというUMAの存在が、このような
章という形としてはっきりと残っているのがすごい
なと、でかけて
いった都城島津伝承館でカッパの手足を眺めながら私は思いました。

そしてなんといっても感嘆するのは撃ったという上村休助さんです。

見かけたカッパをいきなり[だと思う]撃つって、すごく豪胆です
ねっ。そのごの祟りなど怖くなかったのか、あるいはもとより鉄砲
に精通されていて反射的に引き金をひいたのか。   そのあたり、
会えるものなら本人に会って話を聞いてみたいものです。

まあ、よぽどカッパが悪さしてたのかしらん・・と思いもしますが。


晴れ ちなみに 添付文書にあるカッパの撃たれた 三股町梶山。
  この場所は深山なのかと思えば、これがさにあらず。なんと
  先日ご紹介した​長田峡​よりも かなりな下流にあるんですよ。
  ・・ということはですよ、沖水川の上流にあたる長田峡や、
  そのもっと上流には いまでも カッパ/がぐれ が いて
  くれるかも 
って思ってしまいますよね、UMA好きなら。


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