ハーブ内科皮フ科 院長ブログ

ハーブ内科皮フ科 院長ブログ

愛知県知多郡阿久比町にあるハーブ内科皮フ科の院長のブログです。

酷暑とコロナによる外出自粛のため、慢性病の高齢者の健康コントロール不良が気になる。

特に下肢筋力低下とふらつきが目立つ。

 

そこで外来では、食事前のテーブルに両手をついてのスクワット(しゃがんで立つの繰り返し)を奨めている。毎食前10回から始め30回まで。心配ならばイスからの立ち上がりでも可。

膝を痛めず転倒の危険もなく、1か月も繰り返せば膝と股関節の筋力が増し、立ち上がる際のふらつきも減る。

既に下肢筋力が弱っている高齢者には、畳からの寝起きを止め、ヘッドレストと肘掛け付きのお気に入り安楽イスを早めに調達することを奨める。

畳の生活だと、しんどいと坐らずついつい寝てしまい、腰背部の筋力が失われる。

その点、うたた寝のできる安楽イスの坐位生活は日々、腰背部筋を鍛えてくれる。

赤ん坊と同じで「寝る」「坐る」「立つ」「歩く」の順番が大切で、1日「寝て」ばかりの人は急に「立ち」上がればふらついて転倒する危険が増す。

坐って行える手仕事、読書、テレビ(?)など、寝たままでは行えない楽しみを増やしておくことが大切だ。

 

つくづく思うのは、行動せねばならぬ習慣が多い人ほど健康だという事。

昔なら百姓かも。

コントロール不能な自然を相手に知恵を絞り、体を動かしてなんぼ。「(うつ)」になる暇が無い。

「小人閑居して不善をなす」の通り、考えても解決せぬ事を考えても、どうどうめぐりなだけ。ろくな事が無い。

 

禅の修業で徹底的に掃除させるのも同じ理由だ。

便利な生活を追求して暇をもて遊ぶくらいなら、不便の日常生活にどっぷり漬かり様々な課題に対してじたばたする方がより健康的かも。

 

最近読んでいる「森田療法」で私が納得した事だが、不況下で生活のためやらねばならぬ、やらされている仕事については、恐らく別問題だろうが、不安神経症や(うつ)の傾向の方には参考になる生き方、考え方だと思う。

コロナによるマスク強制と、40℃近い熱波による記録的な暑さ。

その記念として9月のハーブだよりを書いた。(今年だけのはずだから…と思いたい。)

 

個人的には、マスクとフェイスシールドを片手に、九州の筑後吉井から日田、そして和歌山から南紀白浜の熊野古道紀伊路を自転車で走った(というか登った)。

こめかみから熱湯が吹き上がる頭痛と、繰り返す足のこむらがえりに悩んだ。

電解質、ブドウ糖、塩、アミノ酸を補給し、深部体温を冷やすことが重要。

コンビニでのしょうゆうどん、森永ラムネ、野菜ジュース、ヨーグルトに加え、大量の冷えた麦茶に助けられた。感謝。塩だけではだめなのだ。

 

歳時記から、「暑さ」が実感できるいくつかをぬき出した。

 

「万象に影をゆるさず日の盛」  相馬遷子

真上から照りつける直射日光の厳しさ

 

「待つものの静けさにゐて蟻地獄」  桂信子

京都の古寺ののき先で、無数の蟻地獄を見た。唯静かに獲物を待っていた。

 

「たちのぼりみなみのはてに雲はあれど てる日くまなきころの大空」 藤原定家

炎天下の街のはるか南に見える入道雲

 

「きりきりと紙切り虫の昼ふかく」  加藤楸邨(しゅうそん)

紙切り虫をつかまえるのは、決まってけだるい夏の午後だ

 

「蝉の音も煮ゆるがごとき真昼かな」  (らん)(こう)

いよいよ耐えがたい蝉の声

 

「炎天や死ねば離るる影法師」  西島麦南

私が死ぬ瞬間に、私の影法師は永遠に立ち去ってしまう

 

「窓一つ捉へ西日の燃えさかり」  清崎敏郎

窓のひとつに反射する、西日の強烈さ

 

「夏()せて嫌ひなものは嫌ひなり」  三橋鷹女

体重減少の患者さんに「食べてね」と言っても難しいんです。

 

がつんと暑い夏を経るからこそ秋の涼しさが心に染みる。

夏に鍛えるからこそ秋冬での持久力を獲得できる。

マスコミは避ける事ばかりを推奨するが、さにあらず。

是非是非、次の未来を克服するために日々の鍛錬をお忘れなく。

雨が上がったとたんに朝から「セミ」シャワー。

 

今年はコロナや大雨に気をとられて季節の変化に気が回らない。

6月から生活習慣病の町健診で忙殺。これを機会に死亡頻度に基づく癌検診を勧めるが、コロナ第2波で多くの方が更なる通院に乗り気でない様子。わからないでもない。

 

病気、災害など、人(に限らず世の中全般)に起こる事は、その程度も含めて多くは情け容赦のない確率で生じるものだなと思う。

それらを避けようと情報を集め対処した分は多少減るかな。

ただし、100%確実なのは数10年後には、自分も回りの人も全員死ぬという事だ。

それを忘れられるのは人間の本能だが、火の粉が振り掛かった瞬間に思い出し焦り、夜も眠れなくなる。

その気持ちもいずれ時間と共に収まるが期間は人による。

苦しみが強いほど耐えられないし、理解者が身の回りに居るほど安らぐ。

いっそ「ボケ」てしまえば幸せだが、どうなるかの正しい予測は不可能だ。

何も思い煩わずポックリ逝くのが最上だが、自殺するのは辛い。

神様に(すが)り心で相談するのも、心を落ちつかせてくれるだろう。

 

在宅で癌で亡くなる方がここ数か月多かったが、難治疾患を乗り越えようと努める方も診た。

行く先を想像し、様々な選択肢からその都度よく考え選び、たまにじたばたしながら生活していく他なさそうだ。

唯ひとつ言えるのは、あの時ああすれば良かったなどという後悔は絶対したくない。

振り返っても自分が選んだ方向が正しかった。あれしかなかった、と思えるよう日々を送りたいものだと思う。