ヘラブナ釣りだけツラツラと綴っています
5年ぶりの面倒な仕事は心身共に蝕まれてしまったが、やっと元に戻ってきたので箕和田湖でリハビリすることにした。朝は無理をせずに8時に家を出て、途中で天玉蕎麦を食べ、越生や都幾村の産直で野菜を買うと、10時半過ぎに到着した。支払いをしに事務所に行くと「もう、しまっちゃったよ」と管理人に言われてしまう。まぁ、のんびりと楽しもう。ホテル下の駐車場から池を見てみると堰堤から流れ込みへと風が吹いているが、足元の桟橋は少しは避けられそうだ。3席空いていたので、その真ん中に入ることにした。(対岸)(エンテイ方面)竿は京楽 志野 12.1尺。前回、痛い目にあったので、意地になって使ってみた。道糸は東レ将燐へらフロロの0.8号、ハリスは将燐へらフロロで0.5号で上が12cm、下が50cm。鈎は角マルチで上が6号、下が2号。ウキは忠相のek Max BTM13番。バラケは粒戦40cc、とろスイミー60cc、水100cc、セットガン40cc、段底80cc、ヤグラ80cc。クワセは力玉ハードII。第一投目は11時20分。風による流れのせいでウキは左から右に流れる。10投ほど打ち込むと底の悪さを確証する。4節程度ナジんでから数秒後、ゆっくりと3節程度入って止まる。そして、水面に2節程度残したまま、ウキは返すことなく30秒ほど2節残りをキープする。仕方なく小さく竿をあおってエサを置き直しするとエサ落ちまで戻る。それどころか数節ナジむこともある。底掛かりを避けるためにウキの立つ位置を探るのだが、風で流された右の方に掛かりがあるので左右では無理。手前は段差があってウキがポコッと返すくらいなので手前も無理。ズラし幅も含めて調べるとあっという間に12時を過ぎている。短竿チョーチンか沖底だろうが、ここまで来たらやり切りたい。13時を過ぎたところでウキを忠相S Position Bottom 10番に変更する。とにかく、ナジんでバラケが溶けてエサ落ちまで返すという動きだけでも見たい。10分ほどで初めてモヤッと入ったが空振り。数投様子をみてバラケにパラっと粒戦細粒を差す。打つ手がなく諦め始めるとナジんで20秒ほどでツンと突然入る。やっと片目が開く。時刻は13時半。これで釣り方を変えられると安心したせいなのか、ウキの動きに変化は無くなる。14時過ぎに10尺チョーチンに変更する。道糸は東レ将燐へらフロロの0.8号、ハリスは将燐へらフロロで0.5号で上が12cm、下が60cm。鈎は上が角マルチの6号、下がコム3号。ウキは忠相のNext Beat Lサイズ。バラケは粒戦40cc、とろスイミー60cc、水100cc、セットガン40cc、セットガン80cc、ヤグラ80cc。クワセは力玉のサナギ漬け。半掛けというのだろうか、バラケがタナに入りハリスが張ったところで抜け落ちるようにエサを調整するが上手くコントロールできない。1時間くらい経過すると持たせ加減が判るようになり、エサのサイズと合わせてコントロールするのだが、サワリすらもらえない。鈎もイズナ2号まで落とし、ハリスも70cmと長くしてから短く調整したがダメ。テンポよくバラケを入れたので遠巻きになったようだ。修整しようとしたが時すでに遅し、納竿の時間となってしまった。久しぶりとはいえど全く釣りになっていなかった。変なところに執着したなと後悔している。融通が利かないというか、頑固といったら良いのか。歳のせいとは言いたくないが、どうなのだろう。いずれにせよ、あぁはなりたくないという釣り人に向かっているようで嫌になる。次こそは釣れなくても納得ができる楽しい釣りを。それでは、また。
前回はフナの断食についてまとめてみた。釣り人なので知りたいことは多くのフナが口を閉ざす理由ではなく、「口を使う個体の生物学的な特徴」と「口を使わすための方針」となる。まずは、口を使う個体の特徴について書いてみる。厳寒期の無酸素環境下においても一部のフナ(Carassius carassius)が摂餌行動を示すことは単なる例外的逸脱ではなく、フナが備える生理的な適応性の延長線上にあると考えられる。この行動を起こすためには少なくとも4つの生理的要因があり、それぞれが相互的に作用している。まず、末梢感覚入力の維持、すなわち感覚系機能について説明する。NilssonとRenshawは、フナが無酸素環境下でも神経活動を完全に遮断する「イオンチャネル活動の抑制 (channel arrest)」を行わず、むしろ神経活動を部分的に維持しながら代謝を抑制する戦略をとることを報告している(1)。特に、視覚や聴覚のような高コストな感覚系は選択的に抑制される、その一方で、摂餌に関与する味覚・嗅覚・触覚といった末梢感覚系については抑制の証拠が乏しく、これらの入力が冬季でも機能している可能性が高いことも示している。したがって、摂餌刺激に対する感受性が残っていることを意味している。次に、中枢神経系における抑制解除の可能性が挙げられる。NilssonとRenshawは、フナの脳が無酸素下でもATP濃度を維持し、ATP turnoverが30~40%程度しか低下しないことを報告している(1)。これは、脳が代謝停止することなく、部分的にでも代謝を抑制するだけにとどまり、必要に応じて活動を再開できる「待機状態(アイドリング)」にいることを意味している。さらに、無酸素下でのGABA濃度の上昇は神経活動の抑制を示しているが、これは停止(シャットダウン)ではなく、強い感覚入力があれば中枢神経への抑制が解除され、行動出力が可能になることを意味している。このように、フナの中枢神経系は、冬季でも感覚入力に応じて選択的に反応を再開できる柔軟性を備えている。そして、運動系の短時間実行可能性、すなわち運動出力の保持が挙げられる。フナが無酸素環境下でも心拍・換水運動・循環機能を維持し、活動性を保つことが示唆されている(1)。これは、摂餌に必要な口部や体幹の運動が、冬季でも短時間であれば十分に実行可能であることを意味している。カメのように完全な昏睡状態に陥る動物とは異なり、フナの運動系は完全には停止させず、必要なときに瞬間的な運動を発揮できる構造を持っている。したがって、感覚入力と中枢の応答が成立すれば、運動出力も連動して摂餌行動するようになる。最後に、代謝的なバッファー、すなわちエネルギー貯蔵と動員の観点からの裏付けがある。VornanenとHaverinen(2)は、冬季の無酸素環境下においてもフナの脳グリコーゲンが6週間で50%しか減少せず、脳が代謝的に特別に保護されていることを明らかしている。これは、緊急時の活動再開に備えて脳がエネルギーを温存していることを意味し、中枢の抑制解除と行動出力を支える代謝の基盤となることを意味している。また、Varisらは(3)、冬季の摂餌停止が水温低下によって引き起こされ、腸のアルカリホスファターゼ(AP)活性が温度低下により有意に減少するものの完全には消失しないことを見出している 。これは、摂餌行動の実行系が冬季でも完全に停止しておらず、代謝的な余力があれば摂餌行動に移れることを示している。以上のように、フナが厳寒期においても「口を使う」行動を示す背景には、感覚系入力の維持、中枢神経系への可逆的な抑制、運動系への(短時間での)出力、そして代謝的な余力という4つの生理的要因が複合的に関与していることが判る。これらの要因は、冬季の極限環境下においても、条件さえ整えば摂餌行動に移行できる生理的な柔軟性をもたらすと考えられる。それでは、上述した生理学的知見を厳寒期のヘラ鮒釣りに当てはめてみる。1. 感覚系入力 代謝コストの高い視覚と聴覚は重要とはいえず、嗅覚・味覚・触覚に訴えるエサは重要でなく、色や見た目はほとんど意味を持たない。水中に匂いが広がるエサが有利になる。力玉やウドンは匂いが弱い分、口に触れたときの柔らかさや吸い込みやすさ、つまり柔らかさ、サイズや重さがカギになる。「魚が感じ取れる刺激」をどう作るかが鍵になる。2.中枢神経系における刺激 強い感覚入力があれば神経活動への抑制が一時的に解除されて摂餌行動が起こすことから、ヘラ鮒が気付ける刺激を餌や仕掛けで与える必要となる。麩エサやグルテンなど練りエサならば落下時の微細な拡散、力玉やうどんならば落下中の揺れなどがその役割を果たします。 さらに、冬のへら鮒はATPターンオーバーが低下して省エネ状態にあるために広範囲を回遊することはほとんどない。ヘラ鮒は自分が目の前に落ちてきたエサだけを拾うため、我々は狭い範囲にエサを落とし続ける「点の釣り」を徹底することが重要となる。魚が動かない分、タナを合わせ続けることが重要となる。特に底釣りが安定することになる。 摂餌行動そのものも弱く短くなるために吸い込む力は弱くなる。そのため、重い餌や大きな餌は吸い込めないので、エサは軽く小さく、うどんは細く短く柔らかめに調整することが不可欠となる。また、針は細軸で小さくし、ハリスは細く長めにして、弱い吸い込みでもエサが自然に口に入るようにする。 冬のへら鮒は、餌を食べないのではなく、食べたいのに食べる能力が制限されているということになる。だからこそ、魚の動きに合わせてタナを微調整し、極小のアタリを拾える繊細な仕掛けを使うことになる。視覚が弱い冬でも、側線による触覚は活きているため、エサの微細な揺れが摂餌スイッチになる可能性がある。こうした生理学的背景を踏まえると、厳寒期のへら鮒釣りは「魚に食わせる」のではなく、「魚が食べられる状態を整える」釣りだと言える。匂い・触感・吸い込みやすさ・自然な動き・点の釣り・繊細な仕掛け、これらの条件が揃ったときに冬のへら鮒は口を使うと考えられる。 上述した生理学的説明は「なぜ一部の個体が冬でも口を使うのか」を理解するための枠組みを提供するが、この枠組みは現場での環境や個体群の特性に依存するため、試行錯誤しながら検証し、最適化することが重要となる。 暗く沈黙した水の中にあるものは厳寒期を生き抜くための生態学的必然である。そうは言っても、その必然性を理解することが釣果につながるとも限らないが、より深く釣りを知ることができるだろう。それでは、また。【引用文献】1.J. Exp. Biol. 207, 3131 (2004).2. M. Vornanenand J.Haverinen, J. Comp. Physiol. B 186, 1007 (2016).3.J. Varis, J. Haverinen, and M. Vornanen,Zool. Sci. 33, 83 (2016).
先日はVolkoffとRønnestadによるReviewをザックリと読んで釣れなかった理由を考えてみたのだが、新しく得た情報は脳内から蒸発してどこかに行ってしまった。一体、どれだけ生物が苦手なのだろう。『魚の生理学から釣れなかった理由を考えてみる』前回の釣行では久しぶりに大ゴケしたが、倒れたままではいられないのでツラツラと考えてみる。まず、厳寒期の釣りだが、 水温は4〜6℃前後と低いため、魚の代謝・行動…ameblo.jp仕方ないので、今度は丁寧に読んで、多少でも情報が脳内に留まるように、ここにまとめてみる。まず、この論文は最初の段落で、 in fish, temperature sets the rates of virtually all biochemical reactions and thus the pace of physiological processes. (と語っている。分子の運動エネルギーの変化から考えると、反応速度が温度に依存するというのは普通のことだと思う。ただ、体温が水温と等しい魚については、温度変化がそのまま酵素の反応速度に直結し、酵素反応速度の変化が代謝・摂餌・消化・行動に波及する。つまり、水温は魚の代謝・摂餌行動・消化能力・酵素活性・内分泌制御の全てにおいて最も重要な因子であるといえる。我々からすると、これらの中で一番興味があるのは摂餌行動だろう。そこで、摂餌行動が停止する因果構造をフナを例にとって説明する(ヘラ鮒に関する研究例は見つからなかった)。まず、厳寒期のフナは、 と1から4に至る一連の生理システムにおいて段階的にシャットダウンすることで摂餌が止まるとされている。それでは、それぞれの要因について説明する。1. 感覚入力の低下 (エサの存在が認識できない)視細胞、嗅細胞、味細胞、側線の機械受容器などは、いずれも膜に埋め込まれたイオンチャネルの開閉によって受容器電位をつくり、それが一定の大きさを超えると活動電位として中枢へ送られるのだが、水温が低くなるとイオンチャネルの開閉速度が全体的に遅くなり、同じ刺激を受けても膜電位の立ち上がりが緩やかになってしまう。その結果、一定時間内に閾値に達しない、あるいは達しても活動電位の頻度が十分に上がらなくなる。視覚でいえば、光刺激に対する網膜の応答が遅れ、動体のコントラスト検出が鈍くなる。嗅覚や味覚では、アミノ酸やペプチドといった餌由来の化学物質が受容体に結合しても、その情報に対する電気信号の立ち上がりが長くなる上にスパイク頻度が低くなってしまう。側線では水流や振動に対する感度が落ち、微細な動きが「ノイズ」に埋もれやすくなる。こうして、エサはそこにあるのに、「エサがある」という情報が十分な強度とスピードで脳に届かないという状況が生まれてしまう。2. 中枢神経活動の抑制 (エサと判断できない)感覚入力が弱くなったうえに、フナの脳そのものも「省エネモード」に入る。脳はシナプスの伝達と膜電位の維持に大量のATPを使うエネルギーコストの高い器官である。寒くなって全身の代謝が落ち、利用可能なATPが限られるようになると、脳はまずシナプス伝達を絞る方向に働くようになる。シナプス終末では、カルシウム流入に依存した小胞放出や、受容体の活性化・再取り込みなど、多くのプロセスが温度とATPに依存しているのだが、ここを抑えることで、仮に感覚ニューロンからスパイクが飛んできても、その信号は次のニューロンに十分な強度で伝わらなくなる。また、Na+/K+-ATPase の活動も低下する。このイオンポンプは静止膜電位を維持し、活動電位の後にイオン勾配を回復させるために不可欠だが、大量にATPを消費する。そこで、あえてこのポンプ活性を落とすことでATP消費を抑えるのだが、その代償として、神経細胞は深い静止状態に近づき、頻繁な発火・応答ができなくなる。その結果として、中枢の神経回路は「入力が来れば一応は反応するが、それを行動決定にまで増幅するだけの興奮には至らない」という状態になる。つまり、感覚系からの信号が弱くなっているうえに、中枢側のアンプ(増幅器)も抑えられているため、「エサだ」と判断して摂餌行動を起動するところまで興奮が至らない。3. 運動出力の低下 (エサを見ても動けない)中枢の活動が抑えられると、当然その下流にある運動系も静かになるが、運動系自体も低温と代謝低下の影響を強く受ける。脊髄の運動ニューロンは、筋肉に活動電位を送り込むことで収縮を引き起こすが、ここでもイオンチャネルの開閉速度やシナプス伝達が低温で遅くなり、高頻度の発火が難しくなる。筋肉側も、ミオシンATPase 活性やカルシウムの取り込み・放出といったプロセスが温度とATPに依存しているため、収縮力が落ち、収縮・弛緩のサイクルも遅くなる。さらに、心臓の拍動数が低下し、血流が絞られることで、筋肉に供給される酸素や栄養も制限される。このことにより、「動こうとするとすぐに疲れてしまう」「そもそも動き出すこと自体がコスト高になる」という状態になり、たとえ中枢がかろうじて「口を使え」という命令を出したとしても、その命令を実行する運動系が物理的・代謝的に応えられない。4. 代謝的制約による摂餌不能 (食べることが生理的に成立しない)この一連の変化の背景には全身の代謝の大幅な低下がある。酸素供給が乏しい環境でも生き延びるために、嫌気代謝に大きく依存し、ATP産生量を平常時より大きく落とすが、その一方で、心臓や脳、イオン勾配の維持といった「絶対に止められない機能」にATPを優先的に回さなければならない。そのため、消化器官の活動や摂餌・探索といった行動の優先順位は低くなってしまう。消化酵素の分泌、腸管の蠕動運動、栄養の吸収・輸送など全てがATPを使うことから、消化は大きなエネルギーを必要とするプロセスになる。厳寒期のフナのようにATP供給が絞られた状態では、餌を摂取しても、それを消化・吸収するためのエネルギーが足りず、場合によっては「食べるために使うエネルギーの方が、得られるエネルギーより多い」という逆転が起きてしまう。そうなると、摂餌はもはや「得」ではなく「損」であり、生理的に見て合理的な選択は「食べないこと」になる。こうして見ていくと、厳寒期におけるフナは、1.感覚レベルで餌の存在が立ち上がりにくくなり、2.中枢レベルでそのわずかな入力を行動に変えるだけの興奮が生まれず、3.運動レベルで仮に命令が出ても体が動けず、4. 代謝レベルでは、そもそも食べること自体がエネルギー的に割に合わない、という四重の意味で「食べられない」状態に陥っていることになる。だからこそ、厳寒期の釣り場でフナが口を使わないのは、「気分が乗らない」でも「腹が減っていない」でもなく、感覚・神経・筋・代謝が一体となって「摂餌回路をシャットダウン」している結果と捉えた方が実態に近いと考える。さて、この前提に立つと、「それでもたまに口を使う個体は何が違うのか」「どんな刺激ならこの落ちてしまった回路を一瞬だけまたいでくれるのか」という問いが浮かび上がってくるだろう。このことについては次回考えてみる。それでは、また。
蕎麦好きということもあって、釣りの行き帰りに蕎麦を食べることが多いのだが、寒くなってくると温かい蕎麦を食べる機会がグッと増えてくる。このときかき揚げを頼むことが多いのだが、可能であれば別皿に入れてもらっている。最初からツユに浸して出されると天麩羅がふやけてカリッとした食感を楽しめないというのが理由である。作り置きのところだと衣が水分を吸ってくたっとしているので別皿に分けてもらっても意味がないと思われるかもしれないが、最初から入れるとツユが油でベタベタするので最初から浸すようなことはしない。また、テンプラと共に卵を頼むことも多いのだが、周りの人たちがやっているように、そばに入っている卵をつぶしてから食べるということはない。この食べ方はもったいないと思っているし、自分のように感じている人もいるようだ。マツコ、うどんに“コレ”は入れないで… 苦手なトッピングに共感の声「わけ分かんない」若林さんは どうやって食べればいいの? 汁を最後まで全部飲めってこと? いつ(黄身を)割れば良いの? でも、汁に混ざっちゃったらたまごが無駄じゃん? 汁を全部飲みきらなきゃいけない気持ちになると言い、マツコさんは 生たまごを溶かした、ぬるくなるつゆがもうダメと言う。判らないでもない。卵の美味しいところがツユで薄まってしまい、ツユはツユで味がボンヤリしてしまう。自分は、①蕎麦と別の容器に提供されるときは黄身と白身を分け、②白身は手早くかき混ぜて腰を切りつゆに投入し、均一になるように何度か蕎麦を持ち上げて混ぜ、③黄身を溶かずに蕎麦の下に入れて温める。蕎麦に卵を入れて提供されるときは、①レンゲで黄身を掬い取ってから、②白身とツユが良く混ざるように何度か蕎麦を持ち上げて混ぜたあと、③黄身を溶かずに蕎麦の下に入れて温める。という工程を踏まえてから、蕎麦と天麩羅をいただき、味に飽きて少なくなったところで黄身を割って蕎麦や天麩羅を付けて楽しむ。白身のドロッとした食感が苦手だし、黄身は温めた方が味が濃く感じるので、こんな面倒なことをしている。なお、牛丼や牛皿定食でも同じように腰を切った白身を具に入れ、黄身は取り分けたままか、ご飯の底のほうに入れて温める。自分には味が濃いので白身で塩っ気を薄める意味もある。そして、味に飽きたところで少なくなった白飯に黄身を混ぜ、肉や玉ねぎと共に食べる。これの方が味はより濃厚になると思っている。ちなみに、すき焼きでも卵は黄身だけ使い、白身はシッカリと火を通して食べるか、納豆に混ぜて食べたりする。生卵が苦手な方の参考になればそれでは、また。
北国からの便りとしてヨースケさんのブログはチェックしている。先日はスタックヘルパーという雪道でのスタックから脱出するアイテムを紹介されていた。『スタックヘルパー(備えあれば憂いなし)』オラの車は都会仕様の軟弱二輪駆動車だから、ちょっとしたスタックでも、あっさり身動きが取れなくなるのだ。恥ずかしながら、以前、米代川へ鮎釣りに出掛けた際、ほんの…ameblo.jp新潟に住んで5年目くらいだっただろうか、スーパーから出ようとしたところ軽自動車が無理なタイミングで入ってきたので止まったところ、スロープと道路の間の窪みにはまって見事にスタックしたことがある。圧縮された雪の表面はツルツルした氷のようになり、そこに融雪の水が溜まっていたのだから慣れていたとはいえど厳しかった。おばちゃんの強引さに悪態をつきながら、車を揺さぶるように何度も前後させて何とか脱出した。先日コラムを読んでいたら、このときのことを思い出して試してみたい機能があることが分かったので紹介してみる。それは「トラクションコントロール」を切ることである。トラクションコントロールは、アクセルを踏んでタイヤが空転すると、その空転を抑えるためにエンジン出力を自動的に抑えるシステムなのだが、深い雪やぬかるみでは、この賢いシステムが裏目に出ることがある。この制御システムが効いているとタイヤが少し空転しただけでシステムが反応し、エンジンパワーが制限されてしまう。そのため、アクセルを思い切り踏み込んでも必要な推進力が得られないため、クルマは雪の中で立ち往生したままになってしまう。そこで、トラクションコントロールをオフにしてタイヤを激しく空転させて車体を揺さぶること、脱出できる可能性が上がるそうだ。もう何十年も昔のことだが、越辺川で10枚ほど釣ってホクホクし、さぁ帰ろうとなったとき父親が運転する冷凍車が泥道でスタックした。タイヤの下に段ボールを引いたりしたのだが脱出できず、このときは砂利トラにお願いして引き上げてもらった。今となれば、この機能と前後に揺するテクニックがあれば脱出できたかもしれない。ちなみに、オフボタンがあるのは省エネのためかなと思っていた。物知らずは恥ずかしいいだけでなく損をするなぁと、今更ながらマニュアルを読んでみようかなと思った次第である。それでは、また。
コーティングの品質検査の一つに目視による欠陥検査がある。暗所の中で強い光をサンプルに当ててコーティングの欠陥(ヌケや異物)を調べるのだが、検査員の周辺で人が動いたりすると見えるものが見えなくなってしまうという説明を聞いた。内容は次のようなものであった。下の図に示すように人間の視野は左右100度くらいだが、この視野の中で色や形などの微細な情報を高解像度で識別する領域は焦点を当てた注視点からほんの1~2度程度の範囲にある「中心視」である。文字を読んだり、特定の物や出来事に注目する場面で使われており、検査員がサンプル表面の小さな欠陥を探すのにも使われている。また、中心視のまわりでほぼ明瞭に認識できる範囲を「有効視野」と呼び、約4~20度の範囲に限られている。そして、これら以外の範囲は、「周辺視」と呼ばれており、解像度は低いが動きや明暗の変化に敏感で視野全体の「変化」を素早く検出する。そのため、周囲で人が動くと周辺視がその動きを検出し、注意がそちらへ移動するため、中心視での精密検査が一時的に低下してしまう。ここで繰り返しになるが、この周辺視野は動体視力に優れているため、サッカーやバスケットではパス選択や位置取りを即時に判断したり、野球の守備だと返球方向と位置取りを判断したりするのに使われている。我々はウキを見ながら手水や麩を差してエサを調整するが、このときボールに目が行ってしまうことはあると思う。このとき、視界の隅にあるウキが動いたかな?と感じて視線の中心をウキに戻すと、「ツン」と当たっていて慌てて合わせたり、合わせが間に合わずにトップが戻ってくるのを悔しい思いで眺めたりすることがある。これまでウキの動きをハッキリと認識していなかったので第六感みたいだなと思っていたのだが、上述した検査と視野との関係を聞いて納得した。つまり、中心視でシッカリとウキを見ることが重要になるわけで、言うならば「視力」と共に「視覚」が重要となってくる。この視覚が低下する理由としては、 加齢黄斑変性(AMD):黄斑(中心窩)に障害が起き、中心視がぼやけたり欠けたりする。高齢者で多い。 糖尿病性網膜症/黄斑浮腫:糖尿病による網膜血管障害で中心視が低下する。血糖管理が重要。 網膜中心動脈/静脈閉塞:血流障害で急激な視力低下や視野欠損を起こす。緊急対応が必要。 黄斑円孔・黄斑上膜・中心性漿液性脈絡網膜症:中心部の構造異常で歪みや暗点が出る。 視神経炎・脳血管障害(TIA/脳梗塞):視神経や脳由来の障害で中心視が影響を受けることがある。が挙げられ、早期診断と基礎疾患の管理が視力予後を左右するそうだ。また、眼精疲労・強いストレス・片頭痛の前兆などで一時的に中心視が低下することがある。回復させるためには短い休止を入れたり、意識的にまばたきをするといったことが挙げられるようだが、低下した状態が持続する場合は専門医による診察・検査が必要となるだろう。また、眼鏡をかけている方は後ろを通る人が眼鏡表面で反射して自分の視界に入らないようにレンズをキレイにしておくことも大事になってくるだろう(皮脂汚れは結構反射すると思っている)。ここ数年、アタリを見逃すことが増えてきたような気がするのだが、これは加齢なのか、過労なのか、両方なのだろうか。集中力が欠けているという根性論は無視して、眼に負担がかからないように集中と緩和のバランスを意識した釣りをしていこうと思う。そのためにはサワリの読み方とガツガツしない精神性が重要になってくるのだろう。それでは、また。
釣りに行けない上に仕事が上手くいかずにイライラしていると、息抜きに見たネットニュースで次のような記事を見つけた。「ゴルフはパチンコや釣りと同じ」セコおじゴルファー問題に一石!?「高度な人格やマナーを求めるのが間違い」冷静な視点に賛否 | ゴルフのニュース|総合ゴルフ情報サイト本サイト「ゴルフのニュース」が1月7日に配信した「お金はあるのに余裕がない!? 女子がそっと距離を置く… ゴルフに“セコさ”がにじみ出るおじさんの特徴とは」の記事に寄せられた多くのコメントを、一部抜粋して紹介します。egolf.jp何だ、こいつと思って読んでみると、「お金はあるのに余裕がない!? 女子がそっと距離を置く… ゴルフに“セコさ”がにじみ出るおじさんの特徴とは」という記事に対する読者コメントを紹介した記事らしい。そして、最後の方に、 「そもそもゴルフに人格や余裕を求めすぎではないか」 という、少し引いた視点の意見も見られました。 「ゴルフはもはや大衆の遊びの一つ。パチンコや釣りやボーリングと同じ。やってる人に高度な人格やマナーを求めるのが間違い」というコメントを紹介している。昔のことだが、トーナメントで外国選手がパットを外した時に「ナイスパット」と言ったギャラリーが問題になったが、どこが人格だと言いたい。どこにだって品格やマナーに欠けるヤツもいるし、どこにだって尊敬できる方もいる。それにしても、こんなコメントをすることで釣りやボーリングを楽しむ人達が不愉快になると気づかないのだろうか。そして、こんなコメントをする自分自身に品格がないと気づいていないのだろうか。そして、何よりも、上のコメントは無論、刺激的なタイトルとしてもってくることが、自分の雑誌へのイメージダウンになると編集者は気づかないのだろうか。まぁ、選民意識もここに極めたりといったところか。最後に、この記事は ネット上のコメントから浮かび上がったのは「奢る・奢らない」「勝つ・負ける」といった表面的な話ではなく、余裕のなさは必ずプレーと態度に表れるという共通認識だったようです。と締められている。なるほど。我々だと、釣りたい一心で余裕がないから、ほかに釣り座が空いているのにも関わらず、釣れている隙間に「ごめんなさいよ」と割り込んでくる、勢いよく水に叩いて竿を置くとか周りを不愉快にさせるといったことが該当するのだろうか。他山の石とし、もう少し余裕のある釣りをしようと思っている (それで凸ったらという意見もあるとは思うが)それでは、また。
前回の釣行では久しぶりに大ゴケしたが、倒れたままではいられないのでツラツラと考えてみる。まず、厳寒期の釣りだが、 水温は4〜6℃前後と低いため、魚の代謝・行動が著しく低下する。 魚は底層や障害物周辺に定位し、移動範囲が狭くなる。 摂餌量が減少し、エサを吸い込む力も弱くなる。 エサは小さく、比重が軽く、ゆっくり沈むものが好まれる。 サワリ/アタリ共に小さく、タイミングが長くなるため、釣り人の集中力と技術がより問われる。といったことが良く見聞きすることだと思う。それでは、これらのことが魚の生理学的知見から考えると納得できるのかと探してみると、VolkoffとRønnestadによる「Effects of temperature on feeding and digestive processes in fish (魚の摂餌と消化に及ぼす温度の影響)」というレビューを見つけたので、これを参考にして検証してみる。まず、水温低下により標準代謝率(SMR)が低下し、エネルギー消費が抑えられる。必要なエネルギー量が減るために摂餌意欲も低下し、摂餌行動は「必要最低限」に抑えられ、その結果、食べる量も頻度も減ることになる。次に、化学反応は温度に依存するため、嗅覚・味覚・視覚の感度が低温では鈍る。特に、へら鮒は嗅覚や味覚に頼る傾向が強いため、エサの匂いや味の工夫が重要となる。例えば、アミノ酸系の集魚剤や発酵系素材が有効になったりする。そして、消化酵素の活性が低下し、消化・吸収に時間がかかるようになるため、高栄養・高タンパクなエサは敬遠されやすく、消化しやすいエサが好まれるようになる。つまり、カロリーの高いペレットはだめで、グルテンのような低カロリーのエサの方が好まれる (以前、元マルキユーの長岡さんも似たようなことを書かれていたと記憶している)。最後に、低温下では摂餌促進ホルモン(オレキシン、NPYなど)が減少し、摂餌抑制ホルモン(CARTなど)が増加するため、魚は「食べたい」という気持ち自体が弱くなるそうだ。したがって、魚の「食べたくない」状態をどう刺激するかが鍵となる。ここで、エッとなるのがペレットの解釈になる。確かに寒くなるとグルテンを食い出すのは経験的にわかっているが、それはグルテンの軽さが効いていると思っていた。消化・吸収の点から考えるとペレットはダメというのは興味深い。我々がペレットに頼っているのは、どのエサよりも重いという点を活かしていると考えてる。つまり、麩やマッシュは軽いがゆえに横方向に拡散するのでヘラが遠巻きになりやすい。そこで、重く縦方向にバラけるペレットを入れることで、へらをエサに近づけて鈎へと誘導するということになる。だからこそ、ペレットをたっぷり入れたバラケの場合、サイズを大きくしないとヘラを近づけられないことになる。ただし、ペレットは高カロリーなので入れすぎは嫌われるのではないかとも思っている(昔、小池さんが「最近、ヘラがペレットを嫌い始めているように感じる」と述べていたことを思い出す)。ホルモンの点からもエサのサイズはそこそこにしておくのがベストのように感じる。段底ではバラケが底に溜まるので置きバラケか訂正くらいのときしかサイズを大きくしないと上手くいかないと考えている。宙だと重いバラケは底へと沈み、タナから消えてしまうので大きくても問題ないケースが出てくるのだろう。同じバラケでも底と宙で考え方を変えた方が良いのは、この辺りが原因ではと思っている。そんな訳で段底で釣っている近くで、底に近いタナで宙釣りをされると釣れないのは当然のこととも思っている。こういうときはウキの並びを変える、つまり長竿を使った釣りか、隣と同じもしくは少し短い竿でのチョーチンが良いかと考える。前回の釣行では空いているところで釣ろうと考えていたので、11尺と12尺しか持参していなかったので沖段底ができなかった。だからといって11尺での浅ダナは気分ではなかったので、場所替えが良かったのだろう、と今更ながら思っている。なによりも、武蔵なら段底で釣れちゃうでしょうというナメた考えていたのもいただけないが。まぁ、次回の釣行に活かそう。それでは、また。
一昨日の帰り道は途中から雪が降り出し、所沢辺りから激しく振ったせいで倍近い時間を掛けて家に着いた。なれない雪でトロトロ走る車に閉口しながらも、明日、いや明後日の武蔵は仕上がっているぞ、とワクワクする。前日は日付を超えても寝付けなかったのだが5時には起床した。静かに6時を待ってから、そそくさと家を出る。8時に駐車場に着くと2日より車が多い。これは相当に、相当なものに仕上がっているなと池を見ると中央桟橋の北桟橋向きに3席空きがある。その真ん中に入る。(右側)(対面)竿は京楽 瑞祥 12.4尺。道糸は将燐フロロ道糸の0.8号、ハリスは将燐へらフロロで上が0.5号で長さは12cm、下が0.4号で50cm。鈎は上が角マルチ6号、下が2号。ウキは忠相S Position Bottom 10番を選ぶ。バラケは粒戦40cc、とろスイミー20cc、セットガン40cc、水は80cc。吸水後に段底80cc、ヤグラ80cc。手水で硬さを調整。クワセは力玉ハードII。第一投目は8時。2時間エサ打ちをしてもサワリがでない。当然、サイズ、タッチ、粒戦細粒を差したりとチェックはしている。ここで、親子連れが両隣に入ったのをキッカケにウキを8番に変更する。さらに2時間様子をみるが全く変化がない。黒節程度の違和感が忘れたころに出るだけ。ここで、バラケが大き過ぎたのではないかと思い始め、小指の先くらいまで小さくしてみる。しばらくすると一節ツンと軽く入る。当然、見送ってから空合わせをし、バラケを付けずに打ち返す。今度こそと思うとウキの横アタリからガバッとカワウが出てくる。これで元に戻る。小エサがポイントと分かったが、さすがに釣れなさ過ぎて、いつの間にか無意識に元のサイズに戻したりする。目標を14時にして慌てないように打っていくと、変なサワリが出た次投、ムズッと半節入った。合わせるとヒットするが引きが重いだけ。ダメかと思ってやり取りすると突然竿は宙を舞う。力玉が鈎についたままで返ってきた。14時を過ぎたところでNext Approach Gの6番に下げる。これでと思うのだが状況が厳しすぎる。15時のアナウンスが過ぎ、納竿のアナウンスが聞こえたところでバラケを捨てる。2投目、合わせられない弱いサワリが出たが、そのままシ~ンとしているので諦めて納竿にした。はぁ、武蔵で初めて凸を食らってしまった。隼人大池で食らって以来だから、かなり久しぶりの凸だが、渋さを楽しみにしていただけにその苦さはひときわだった。対岸にいた二人組の方々は14時過ぎにそろって凸を脱出している。釣り方はテンポが遅いバランスの底釣り。回遊待ちくらいの気持ちで釣るのが正解なのだろう。今冬は大きめのバラケで強く釣りたいと練習してきただが、本格的に渋いとそうは言ってられないのだろう。両隣を含めて自分の並びは相当の割合で凸を食らっていたが、対岸で静かに釣るのが良かったと思う。二人が隣に入ってきたときに移動すべきだったのだが、変なプライドが…野釣り師らしく、へら鮒釣りはイチに場所、ニに場所、サンに場所と考えなければ。なにせ、ここは武蔵野池なのだから。それでは、また。
モンベル店長が教える釣りの防寒 「レイヤリング」の基本とウエア選び一言で「防寒対策」といっても、その正解はフィールド やターゲットによって千差万別だ。過酷な冬のフィールドでも快適に楽しむためには、「レイヤリング(重ね着)」の知識が不可欠となる。そこで今回は、「モンベル」ららぽーと柏の葉店長・細矢将太さんを直撃。あらゆる状況に対応できるウエア選びの基礎基本を教えてもらった。web.tsuribito.co.jp昨日の武蔵では、少し寒かったが、持ってきていた防寒着のシャキシャキという音が苦手なのでフリース2枚を重ね着してやり過ごしてしまったが、どうやらダメな着方らしい。この記事を参考にフリースの中に着るミドルレイヤーを工夫してみよう。ちなみに、今冬からワークマンのパンツを使っているのだが満足している。少しキツイという問題はあるが、それは自分の問題なので解決しなければ。アウターも好みのデザインがあったので、今の防寒着がくたびれたら試してみようと思う。それでは、また。
8時前に駐車場に到着する。60人ほどの入りということだが、検量器が入っている桟橋はほとんど埋まっており、北桟橋もずらっと並んでいたが事務所前のところだけポッカリと空いていた。不人気なのは気になるが、既に釣っている人に声を掛けると問題ないということなので彼から一つ空けて入る。(右側)(対面)(左側)竿は京楽 瑞穂 12.1尺。道糸は将燐フロロ道糸の0.8号、ハリスは将燐へらフロロで上が0.5号で長さは12cm、下が0.4号で50cm。鈎は上が角マルチ8号、下が2号。昨日は20枚出たということだが、釣り人が結構入っているのでウキは忠相S Position Bottom 10番を選ぶ。バラケは粒戦40cc、とろスイミー20cc、セットガン30cc、水は90cc。吸水後に段底60cc、ヤグラ60cc。クワセは力玉ハードII。第一投目は8時30分。60分はエサ打ちしただろうが、対岸や右の桟橋から「触った」「釣れた」という声と共にポツ…、ポツ…と竿を絞るのが目に入るようになったころ、ズルッとユックリ一節入った糸ズレらしきアタリをスルーする。そして10分後くらいにツンと入ったが空振った。粒戦細粒をパラっと差して様子をみるがサワリは一切消えてしまった。ウキを9番と下げてしばらく様子をみてから細粒をもう一度差してみる。しばらくすると、勝負目盛りが出て20秒ほどでモヤッと黒節程度入る。ヒットしたがこれはスレ。残念なことだが反応は得られた。この時点で10時30分と2時間経過していた。サワリはすぐに出たものの重いアタリはなく、まだ時間が掛るのかと思った11時過ぎ、キレイに1節ツンと入り初日がでた。弱い引きを見せたのはコンディションが悪い神経質そうなヘラ。これらが相手だと釣れないかもと思ったが、予想は的中し、両目が開いたのは更に一時間後。10分ほどエサを打ってから池からいただいたカップラーメンを食べ、コーヒーを飲みながら次の一手を考える。バラケのブレンド比を少し変える。粒戦40cc、とろスイミー20cc、水は80cc。吸水後に段底60cc、ヤグラ60cc。バラケ落ちるタイミングどころか、ウキが立つまでに抜けてしまうことことがあるほど持たせ加減を調整できない。意地になって1時間ほど釣ってみたが、どうにもならない。上手い人はできるんだろうな、とふぶきを差して手水で調整する。なじんで10~20秒ほどでバラケが鈎から落ちるようになる。そのうちサワリが戻り、アタリを待つタイミングやバラケを付けずに打ち返したりと変則的に2枚追加した。14時30分、地合いになれば、と竿を京楽 志野 12.1尺に変える。空アタリやスレも出るが同じようなリズムで3枚拾ったところでエサが無くなり納竿となった。心配していた天候は問題なく、風で釣りにならないということはなかった。それなのに、初釣りから凸になるかとヒヤヒヤするくらいダメなアプローチだった。もっと、効率良く状況を把握できるようになりたいものだ。相手となったヘラはコンディションが悪く、肩が張ったヘラは1枚のみだった。釣り方が悪いのか、場所が悪いのか、その両方なのか。中央桟橋はどうだったのだろう。新ベラはどうでも良いが、もう少しだけ釣果が出るようにスキルを磨きたい。それでは、また。
前夜は久しぶりに餃子屋に行った。これでダメだったら二度と行かないと思っていたのだが、焼餃子は自分が好きな味になっていた。焼方が変わったのだろうか。小籠包まではいかないが、餡はジューシーで勢い良く齧り付くと口の中が火傷してしまう。この熱々の焼餃子を火傷をしないように慎重に味わい、口の中に残った油分をビールやレモンサワーでグィッと流し込むのは快感でしかない。最初に焼餃子と水餃子が4つずつ入った定食を選んだのだが、物足りなくて焼餃子を1人前を追加する。定食の御飯は小盛りにしたのだが、それでもお腹はいっぱいだ。少し酔いが回ったところで気持ち良く店を出る。ホテルに戻っても何もする気になれず、ベッドに横たわってBud Shankの演奏を聴いているといつの間にか眠ってしまった。5時のアラームで目が覚めたのだが、休み前からの疲れが溜まったままのようでスンナリと起きれずに二度寝を決め込む。次に起きたのは7時半だっただが、慌てて行く気になれない。しばらくベッドの中でまどろんでから8時過ぎにチェックアウトする。朝イチで釣りをするつもりだったので朝食は頼んでおらず、新たにできた「ゆで太郎」に立ち寄る。ワカメをトッピングした天玉そばをいただきながら、「三和新池に到着するのが9時半くらいだから納竿が13時だとほとんど釣りができないな、どうしよう」「買い物だけ済ませて帰ろうかな」「いっそ筑波湖まで行って買い物をあきらめようか」などと考えていると、ふと、神扇池ならば家に近づくし、ちょうど半日楽しめるということに気付く。神扇池に行き先を決めて、速やかにそばを食べ終える。八千代の産直で、白菜、キャベツ、レタス、ターサイ、ベーコンの切り落しを買い、次に釣具屋に立ち寄ってトップの蛍光塗料と朴石 14尺を購入する。今日はついているな、と浮かれた気分で運転するとアッという間に池につく。およそ3年ぶりなのに懐かしさは全く感じられない。支払いを終えて南桟橋をズンズンと歩いていくと中央桟橋の奥の方に大きく空きを見つけたので、そこに入ることにした。竿は楽美正 春風 14尺。糸はオーナーザイト サバキ へらフロロ道糸の0.8号、ハリスは将燐へらフロロで上が0.5号で12cm、下が0.35号で50cm。鈎は角マルチで上が6号、下が3号。ウキは忠相のS Position Bottom11番。バラケは粒戦40cc、とろスイミー20cc、水100cc、セットガン40cc、段底80cc、ヤグラ80cc。クワセは力玉ハードII。13尺~13.5尺くらいが釣りやすそうだが、今日はこの竿を使いたいので仕掛けを少し詰める。それでもやや余り気味なのでエサの置き直し、ラインメンティングやウキへのテンションの抜き差しなどがやり辛そうだ。ヘラの活性が高いことを祈る。一投目は11時45分。15 投ほど打ち込んだところでウキはサワリらしき微妙な動きを示したが大きな動きはなく、その2投後に大きく3節ほど軽く入るが当然見送る。周りから不満ばかり聞こえてくるので、ここで釣れたら雰囲気が変わるかなと期待していると目の前に鵜が飛来してきた。これでサワリも消えてしまう。準備をしている間もウロウロしていたので、あぁ、来なきゃ良かった、やっぱり三和新池かなと思い始める。しばらくすると勝負目盛りがスッと上がり、10秒ほど経過してから前触れもなくモヤっと黒節程度シモった。考えるより先に手が出て無事に片目が開く。8寸足らずの可愛いヘラ。これが多ければ、もっとウキは動いても良いし、周りももっと竿を絞っても良いだろう。やはりマグレのようで次が全く釣れない。ウキを10番に下げる。変えた直後にサワリが出たが、またウキの動きは静かになってしまった。遠巻きを心配して小エサでしばらく打つがウキの動きから生命感を感じないが、その違和感から周りにいるのだろうと期待してしまう。細粒を2回差し込んだところで両目が開く。これで釣れるようになるかなと期待するもののウキの動きは静かなままだ。左から風が吹くようになり、ますます釣れる気配が遠のく。鈎を2号に下げたが、まだシモリが気になるのでタナをズラし気味にする。時刻は14時を過ぎ、ここでバラケのサイズをやや大きめにする。10投ほど打っただろうか、ウキはユックリと右に流れていき、30秒ほどで穂先により止まる。クワセの置き直しをしようか迷っていると突然ツンと一節入る。アレッと手を出すと3枚目。これも小さなサイズだが贅沢は言うまい。寄せが足らなかったようだ。5投ほど大きめのバラケを入れて、3投ほど小さくして様子を見るというルーティンを繰り返すと4枚目が来る。15時まで10分くらい残っているので5枚釣って帰ろうと決めるがウキの動きは静かになってしまった。エサを打ち過ぎてしまったのでは、と15時過ぎに小エサにするものの時すでに遅し。納竿のアナウンスをきっかけにクワセだけで打ち返した2投目、大きく2節入ったアタリを空振ったところで納竿とした。今日は粒戦細粒で調整したが、粒戦を試せば良かった。しばらくは、この使い分けをテーマとしたい。そのためにはある程度釣れなければ話にならないのだが、そこが難しいところだ。年明けは「むさしのいけ」で段底を楽しみたいのだが。それでは、また。
柔らかいベッドのせいか眠りが浅く3時に目が覚めてしまった。寝不足だからと寝ようとしてもウトウトするだけなので5時半に起きて報告書をまとめる。シャワーを浴びてスッキリとしてからシッカリと朝食をとってからチェックアウトした。久しぶりの茨城での釣り。前夜、どこに行こうか考えたのだが、今日は納竿時刻まで釣りをするつもりなので久しぶりに流源湖で遊ぶことに決めていた。古河のホテルを出てから流源湖に至る道中は新鮮で、いつの間にかゆで太郎ができており、次は何があるのだろうと気持ちが昂る。途中で三和新池に寄ることなく、池の手前で迷子になることなく、すんなりと到着する。駐車場には空きが結構あり、釣り人はそれなりに入っている。年末の納竿大会に向けて多くの人が練習しているということもなく、ちょっと安心する。(筑波山方面)(対岸)(右側)竿は小影舟 硬式鶺鴒 14.0尺。糸はオーナーザイト サバキ へらフロロ道糸の0.8号、ハリスは将燐へらフロロで上が0.5号で12cm、下が0.35号で50cm。鈎は角マルチで上が6号、下が2号。ウキは忠相のek Max BTM15番。バラケは粒戦40cc、とろスイミー20cc、水100cc、セットガン40cc、段底80cc、セットアップ80cc。クワセは力玉ハードII。15尺だと穂先から浮きまで余り過ぎてしまう。テクテクと右で釣っている方の近くまで順々に水深を測ったが真ん中付近が深いようなので荷物を持って移動する。14尺を出して底を測るが少し余し気味。今度は左の方へと底を測りに行くと一番左の2席目までだと底が取れないことが分かった。だからといって3席目だと余り過ぎてしまう。もういいや、と10時過ぎに元の席に戻って釣りを開始する。3投目、ナジミこみに違和感があり5投目にカラを食らう。早くも釣れるかなと思った8投目、10秒ほどでバラケが切れてから35秒待ったところでツンとキレイに一節入る。これを合わせると無事に片目が開く。エサのサイズを変えて様子を伺い、しばらくしてから粒戦細粒を差す。両目が開いたところでウキを16番に上げる。1枚追加してしばらくしてから細粒を追加する。ウキの動きが変だ、触るのに釣れないと思ったところでムズッと入ったアタリを合わせると根掛り。と思ったが直ぐに重いものが上がってくる。竿を後ろに送り、道糸をつかんでゆっくりと上げてくると瓦の欠片。どうやら底が悪いために、変なシモリ方をしていたようだ。次投にはウキが動いたので一安心する。エサのサイズをやや小さめにするとウキの動きが落ち着き、パタパタと6枚追加したところで12時のチャイムが聞こえる。ここで一休み。前日スーパーで買ってきたとんかつを温めるが、使い捨てのアルミ皿が燃えてしまう。弱火でトロトロに温めると皿を2枚ダメにしたところで何とか食べられるようになる。さらにパンプキンコロッケを1枚いただき、餡かけそば(小)を食べる。お腹がいっぱいになったので、コーヒーを淹れて視線の先にある筑波山やいかにも田舎という風景を眺めると気持ちがよく、ウトウトしてくる。1時半に釣りを再開すると、すぐにサワリは出るものの全く追釣できない。そのうち、ウキが動かなくなってしまった。風流れが強くなったことが原因かもしれないが、風は絶望的に強いわけではない。しばらくするとエサの分包袋が釣れる。まだ、底が悪いのだろうか。2時を過ぎたところでエサのサイズを大きめにする。遠巻きと考えて弱い釣りを展開したのだが、そうではないのだろう。10投ほど打ち込むとサワリが復活する。エサのサイズを普通に戻してパタパタと4枚追加したところで納竿の時刻となってしまった。午前中が良かったので午後はノンビリと思ったのだが、さらに一段ギアを上げて釣りこもうとしたのが失敗だった。舐めてかかって痛い目に会ったが勉強にはなった。さて、夕食はせいろ飯にしようか、それとも町中華にしようか、悩ましいことだ、と思いながら古河の馴染みのホテルへと戻った。それでは、また。
朝イチで大宮に荷物を取りに行ってから会社に向かったのだが、川越市内に向かう道が混んでいたので川島方面に一端逃げる。そうすると、武蔵の池の脇を通ることになる。せっかくなので池の様子を見に行くと、結構駐車場が埋まっていて驚く。入口に来ると、ちょうど竿を絞っていた (逆光で上手く撮れない)パッと見た感じは段底だった。段底の聖地だけある。中央桟橋の南桟橋向きはズラッとならんでいる。例会なのだろうか。自分はちょっと無理。いつも感じるのだが、西桟橋は一人ポツンと入っている人が多いように思う。自分はこちらの方かな。ウキの動きを見ると離れがたくなってしまうので、写真を数枚撮っただけで休憩はお終い。さっさと池を後にした。久しく来ていなかったので気になって立ち寄ったのだが、やっぱり見てしまうとやりたくなってしまう。先週末はあまり楽しめなかったが(早く記事にしないと忘れてしまう)、この池ならば釣りに集中できるので楽しめるかもしれない。Death池と化して苦しめられると判ってはいるのだが、週末来ちゃおうかなぁ。それでは、また。a { text-decoration: none; color: #464feb;}tr th, tr td { border: 1px solid #e6e6e6;}tr th { background-color: #f5f5f5;}a { text-decoration: none; color: #464feb;}tr th, tr td { border: 1px solid #e6e6e6;}tr th { background-color: #f5f5f5;}
昨日は3つの池に行ったが竿を下ろすことなく帰ってきたのでストレスが溜まっている。午前中だけ釣りをしようと6時前に家を出る。寒そうな鎌北湖は後にして、まずは箕和田湖を見に行くとスリバチ桟橋には誰も入っていないので、ここで釣ることにした。(対岸)(上流方面)(エンテイ方面)竿は京楽 誠 15.0尺。糸は東レ将燐へらフロロの0.8号、ハリスは将燐へらフロロで0.5号で上が12cm、下が45cm。鈎は角マルチで、上が6号、下が2号。ウキは忠相のek Max BTM15番。バラケは粒戦40cc、とろスイミー60cc、水100cc、セットガン60cc、段底80cc、ヤグラ80cc。クワセは力玉ハードII。第一投目は8時15分過ぎ。5投目に糸ズレが出る。ウキは弱く動き、ヘラが底に入るのを嫌がっているのではと思ってしまう。流石に寄り切っただろうとややネバの小エサにし、リズムを遅くして丁寧に釣ると、モヤッともたれ掛かったような半節程度のアタリでヒットした。30分掛かってやっと片目が開いた。釣れちゃった感が強くて納得がいかない。エサのサイズとリズムを調整しながら数枚釣ったところでピタッと止まった。どうみても遠巻きになっている。いつもならば粒戦細粒を差し込んで様子を見るのだが、前回の釣行で使い切ってしまった。ウキを大きくするか、それともエサの調整で乗り切れないかと悩んでいるとアッという間に1時間が経過している。ウキの変更ならばポツポツ釣れるかもしれないが、これ以上ウキを大きくしたくないと、釣り人視線のワガママが出る。釣れた経験がなくて苦手なのだが、粒戦20ccを水20ccでふやかしたものを少しだけパラッと差し込んでみる。これでダメならば早上がりしてランチを楽しもうと考えているとウキの動きが変わってきた。空振っても、ウキの動きが力強くなってきた。少し様子を見てから更に差し込むと久しぶりにヒットする。こんな感じなのか、と残った基エサと合わせて粒戦を再度差し込んでみる。2回調整したところで釣れるようになってきた。しかし、いつの間にかサワリが消えてしまった。もっと釣りたい、といつの間にかエサのサイズが小さくなっていたせいだろう。少しサイズを大きくして数投打ち込むとサワリが復活する。ここでエサを小さくするとツンと一節キレイに入って釣り上げた。この一枚を上りベラとして、12時に納竿とした。粒戦細粒による調整が好きなのは粒戦ほどヘラを下に引っ張る力がなく、少しずつ調整すれば答えが見つけやすい点にある。また、釣れているときもサワリが多いこともある。短気な自分は調整代が大きいために、粒戦だと正解を超えてしまうことが多かったのだと思う。しばらく、粒戦の使い方を練習してみようかな。それでは、また。
前日の忘年会での二次会では終電近くまで様々なカクテルを飲んだのだが、いつも通りに5時に起きてしまった。だからといって、報告書を書く気も、釣りに行く気にもならずにベットの中でトロトロとまどろんでしまう。9時前にチェックアウトし、近くのファミレスで仕事を始める。一時間程度で書類を書き上げてから、円良田湖に行こうと店を出る。坂戸を抜けようとしたころ、急に九頭龍沼で短時間だけマッタリと釣るのも良さそうだなという気分になり、東松山方面に車を進める。久しぶりに訪れた沼には数名釣りをしていたが、大きく減水しているだけでなく、河川敷寄りの風避けの途端が大きく倒れてしまい、風避けの付近の桟橋が無くなっていた。へらニュースやヘラ専科で取り上げられていたので昔より人が多く、環境が良くなっているだろうと期待していたのだが、真逆の光景に寂しくなってしまい、とても竿を出す気になれずに次の釣り場を探すことにした。浅い池での底釣りがやりたくなってきたので近くの明善谷沼に移動する。ここも久しぶりということもあって迷子になってしまう。ネットを使って探しだしたのだが釣り人は居ない。それどころか、桟橋が無くなっている。駐車場も無く、どうやら廃業したらしい。Googleマップをみると確かに廃業しているようだが、11か月前の口コミには釣り人が数名と書き込んであるので最近廃業したのだろう。諦めきれず、ひょっとして魚がいるかもとエンテイから眺めてみるが生命感は全くない。仕方なく、次の釣り場へと移動する。来た道を帰るように鳩山町にある道端沼へと移動する。朝は寒かったので厳しい釣りになるだろうと思っていたのだが、駐車場に数台車がとまっている。5人ほど釣りをしているが、道路側はだれも入っていない。そっちで釣りをしようと思ったときにフェンスの張り紙に気付いた。そこには「Youtubeへのアップ禁止」「いちげんさんの釣り禁止」などと書いてある。そうか、そういう池だよな。トラブルは嫌なので諦めて九頭龍沼に戻ろうとしたのだが、ばからしくなってしまい帰宅することにした。小場所での釣りが楽しみ辛い、それどころか釣りそのものができなくなっているようだ。東松山付近は小さな野池が多く、ヘラ鮒釣りが楽しめた時代を知っているだけに残念でならない。それでは、また。a { text-decoration: none; color: #464feb;}tr th, tr td { border: 1px solid #e6e6e6;}tr th { background-color: #f5f5f5;}a { text-decoration: none; color: #464feb;}tr th, tr td { border: 1px solid #e6e6e6;}tr th { background-color: #f5f5f5;}
最寄りの駅の改札を抜け、階段を上がり地上に出ると、後ろは皇居のお堀、目の前を目的地へと向かう道路は視線の先まで一直線に伸びている。通りにはファミレスもコンビニもなく大きな官庁が連なっており、しばらくテクテクと歩くと、農林水産省の正門の脇に数本ののぼり旗がが目に入る。向かって左手には棚田遺産の旗が、右手には「さかなの日」の旗が軽くはためいている。加賀さんの記事で知ったのだが毎月3日から7日は3(さん)から7(なな)で「さかなの日」ということらしい。スーパーでは「おさかな天国」をパワープレイしていたこともあって、「魚はぼくらを待っている」という決めのフレーズが何度も頭の中を流れる。やましいところは無いのだが、ガードマンの目を気にしながら写真を撮る。打合せが終わったところで展示会に出向く。途中、立ち食いそばをたぐり、モノレールに乗るとあっという間に会場に到着する。関連業者に挨拶をし、セミナーを受講したりするとアッという間に終了時刻が近づく。あまり関係がない同時開催の展示会を覗くとひと際目を引くブースがある。それは、世界の「東レ」。個人レベルでヘビーユーザーですよと言いたくて中を覗くとスポーツのコーナーにCFRPの紹介があり、「カーボンロッドを考えてみる」として本ブログで解説したことが簡潔に紹介されていた。その近くには、シマノ、グローブライド、がまかつの3社の製品が展示されていた。シマノはトレカM46Xを採用したライトゲームロッド、ダイワは一体型のカーボンシート及びカーボンリアグリップを採用したエギングロッドの特別モデル、がまかつはトレカ「T1100G」を採用した万能ロッドが展示されていた。ライトゲームロッドを持たせてもらうと、その軽さに唖然とする。リールとのバランスも大事だろうが、これならストレスなく一日振れるだろう。担当の方に了承をもらって写真を撮ったが、慌てていたのでピンぼけしてしまった。こんな感じで、たまに都心に出てくると業務と関係なく釣りや魚に出会えるんだな、とほくそ笑んだりする。久しぶりに元気が出たことだし、チキンエンチェラーダやビーフブリトーなどメキシカンを食べて、週末の釣りに備えよう。ヘラが待っているのだから。それでは、また。a { text-decoration: none; color: #464feb;}tr th, tr td { border: 1px solid #e6e6e6;}tr th { background-color: #f5f5f5;}a { text-decoration: none; color: #464feb;}tr th, tr td { border: 1px solid #e6e6e6;}tr th { background-color: #f5f5f5;}
先日カワセミについて記事にしたが、書くにあたってカワセミを調べていたところ、釣りキチ三平がヒットした。テンカラ釣りでの岩化けかなと思ったのだが、カワセミではなくてヤマセミについて取り上げていたもので、カワセミは投網の話において比喩として使われていた。「釣り」の漫画であるにもかかわらず、「網漁」を取り上げている特殊な回で、しかも、紀ノ川の火振り漁まで取り上げて伝統を問うような力作となっている。この投網漁で興味深いのは「鬼手仏心」という言葉が幾度か形を変えて出てくることだ。しかし、何故、矢口先生がこの言葉を繰り返し使うのか理解できなかった。さて、「鬼手仏心」と言えばメガバスの伊東由樹さんが思い浮かぶ人はいるだろう。そこで、中部電力によるインタビュー記事を読んでみたのだが、これもシックリとこない。何か言葉の上っ面だけをなぞっているようにしか思えないのだ。それならば、何度か読み返せば理解できるかもと、再度、釣りキチ三平を読み返す。先に書いたようにこの回は力が入っていて文庫本だと3巻にわたる。そのために結構時間を割いたのだが、やはりシックリとこない。仕方なく、あとがきを読むとこう書いてあった。 釣り人には「キャッチ・アンド・リリース」の美名のかげに、ある種の優越感や、傲慢、無責任といった心理がひそんでいるような気がしてならないのである。と「キャッチ・アンド・リリース」というあり方に対して突っ込んだ上で今回のテーマについて語る。 「釣り」のドラマに「網漁」をテーマとして、茜屋流をとりあげようとした最大の目的はここにあった。茜屋流は三百年の伝統を誇る川魚漁師である。川魚漁師にとっては川魚が生活の全てである。スポーツやレジャーとしてたのしみ、気分のよさやカッコよさにおぼれる釣り人とは、そこに根本的なちがうものがあるにちがいない。もっとくだいていえば、釣り人ならば魚が釣れなければブツクサ文句をいう程度ですまされよう。 しかし、漁師にとっては文句どころではすまされまい。不漁は、すなわち自分たちの生き死ににかかってくるである。網は一網打尽という言葉があるように、一打ちで根こそぎとってしまう可能性がある。つまり、茜屋流は、魚を根絶やしにしないことと同時に、一打ちで多くの漁獲をあげるという二律背反の上に立っている。と「網漁」をテーマに選んだ意図を説明する。そして、この疑問に対して、川漁師の小西島次郎さんは語る。 「鬼手仏心」 ねらった獲物を絶対に逃がさない。これが「鬼手」。そして、獲物を傷つけたり、とれるからといって無残なとり方をしない愛情が「仏心」。それが茜屋流の漁魂だと、わしは考えるこの言葉に対して先生は次のように解説する。 鬼手仏心…。なるほど。魚をとることを職業とする以上、ねらった獲物は絶対に逃がさない技と執念が必要であることは多言を要しない。それが「鬼手」。しかし、鬼手のみにすれば、魚はたちまちにしてとりつくされてしまう。川を愛し、魚を愛する「仏心」が合体されて、自然のバランスがたもたれる。そのことを小西さんは茜屋流の漁魂と表現したが、ボクは神髄であり奥義であると理解した。そして、小西さんから 川を業とするわしらは、たしかに魚をとってくらす。しかし、それゆえ、いかにして川を生かしつづけるかをいちばん考えているのは、わしらをおいてほかにないだろうという一言を引きだしたとき、「茜屋流小鷹網」のドラマが先生の脳裏に鮮明にうかびあがってきたという。そして、この一言こそが、声を大にして釣り人に訴えたい一言でもあったと。ここまで読んで、やっとシックリときた。一旦理解できると先生や伊東さんが言いたかったことが理解できた。そして、読んでいないが、伊東さんの本の表紙に「YUKI ITO's MEGABASS PHYLOSOPHY」と書いてあるのも、魚を獲って暮らす、という道を選んだことが大きいのだろう。本当に。自分の感度の鈍さに呆れてしまう。ただ、"釣りは命をもてあそぶ娯楽なのか?"という問いに対してという記事の最後に、「我々は命を弄んでいるのだから、不必要にダメージを与えるような行動は避けるべきだと思う」と書いていた。無神論者である自分に「仏心」は遠い概念だが、同じことを言っていると思っている。だからこそ、自分が苦手だと思ってきたことは、自信をもって苦手と言っても良いと思っている。まぁ、口に出すことはないとは思うが。それでは、また。
へら鮒釣りと関係ないが、このテーマだと見逃せない。これまでに食べた一番いいお肉は?牛肉だと中学生の正月に食べた松坂牛。父親が落札した牛で、200kg未満だが、肩幅が広いもので「寸詰まり」と呼んでいた。サシっ気は全く無かったが、本当の但馬牛だから大丈夫という父親の予言どおり3日もすると霜が入り始め、1週間すると小霜が入った繊維の細かい如何にも松坂牛と いう具合に成長した。かなり儲かったと父親はホクホクしていた。そして、味見と称してリブロースを数kg切り取り、お正月にステーキにして食べたが、今に至るまでこれが一番美味しかった。今日の夕方は米を買いにスーパーに出かけた。お肉のコーナーで松坂牛とラベルが貼っているパックを手に取り、しばらく肉質をチェックした後、そうなのかな、と元に戻し、近くにあったサシっ気が少ない交雑をカゴに入れた。油の甘味は少ないかもしれないが肉の旨さはある。食べると口の周りがベタベタするだけで味が薄い大霜の霜降りは自分には合わないから。それでは、また。(JAみえなかのHPから)▼本日限定!ブログスタンプ
一昨日、Wedgeから下のような記事が出た。タワマンに住む〝青い宝石〟 都会に戻ってきたカワセミたちに出会おう 自宅から徒歩での30分の旅は、地元の新しい友達をつくるチャンスである。といっても、人間の友達ではない。ご近所の「生き物」だ。 都会の「モノ」を器用に利用しながらカワセミは生きている(写真・柳瀬wedge.ismedia.jpここで書かれている内容は自分にとって興味深いものである。それというのも、隼人大池でカワセミを数度見つけており、本ブログで書いたのだが、正直なところカワセミなのか自信が無かった。そんなときに、Yahooニュース(元ネタはココだったかと)からカワセミについて面白い本が出たことを知り、紹介しようと思っていたのだが、いつの間にか書くタイミングを逸していた。“青い鳥”が住む街は人間も暮らしやすい!――柳瀬博一『カワセミ都市トーキョー』|じんぶん堂 鮮やかな色合いと独特のフォルムで老若男女から人気の野鳥カワセミ。「清流の鳥」というイメージが強く、戦後の公害や水質汚染で東京から姿を消していましたが、近年、東京23区部で子育てしていることをご存知でしょうか。しかも暮らすのは東京屈指...book.asahi.comしかし、今回、Yahooニュースが新たに紹介してくれたので、これ幸いとばかりに慌てて書いている。さて、先の記事ではカワセミのことを「清流の宝石」と紹介しているが、確かに隼人大池で初めて見たときは、その美しいブルーとオレンジのコントラストからすぐに「カワセミ」という言葉が浮かんだ。こんな綺麗で可愛い鳥なのに、周りの釣り人は誰一人として声を上げることもなく、気付いているのは自分だけなのかと唖然とした。しかも、エサを取るのに空中でホバリングすることに驚く。「ハチドリのようだな、コイツは」と海の向こうで見た光景を思い出した。それにしても、白岡のどこにカワセミが隠れていたのだろう。管理釣り場といえど自然が近くにあるのは豊かなことだと嬉しくなった。自分が行く釣り場だと鎌北湖にもカワセミは居る(と思っている)。桜並木で釣っていると対岸をスゥ~という感じで青い鳥が横切ることがある。美しい色彩からカワセミだろう。たまにはこっちに寄れば良いのにと思うのだが、そんなことは一度もない。残念なことだ。今年は一度も目にすることが無かったが、ちょっと心配している。また、近いところだと石神井公園に居るそうだ。昔、石神井釣り道場に通ったものだが、このときは全く気付かなかった。今なら視界に少しでも入れば気付くと思うのだが、残念なことに道場は無くなっている。蕎麦を食べに行ったときに寄り道して池の周りを散策してみようかしらん。「渓流の王様」であるヤマセミと違って我々の生活圏で生活をし、その姿が可愛くて色合いが美しいのだから、もっと愛でたいものだ。次はどこの釣り場で出会えるのだろう。偶然の出会いを期待して。それでは、また。