『インセプション』
『インセプション』(2010年 アメリカ)
●頭のいい人の考えつくことはすごいなー
アイデアと映像に圧倒されっぱなし!
わたしにとっては第二のマトリックス級の衝撃でした。
●ディカプリオ&マリオン・コティヤールのラブストーリーが切なかった。
これでマリオンは、ジョニー・デップ(@パブリックエネミーズ)と
ディカプリオという二大男前の恋人役を果たしたことに。
●ディカプリオは、前作『シャッターアイランド』のように
精神を病んだ妻に死なれてトラウマになる役続き。
(『レボリューショナリーロード』まで含めると妻に恵まれなさすぎでしょ)
ついでに、危篤状態の会長フィッシャーがダニエル・ディ=ルイスに見えてしまい
一代で石油会社を興したものの息子を愛せなかった男のその後を描いた
『ゼアウィルビーブラッド』part2かと思ってしまいました。
●ジョゼフ・ゴードン=レヴィットが監督に愛でられすぎ。
バンが川面に着水するまでの車内のスローモーションでは彼ばかりアップになってたし
“キック”方法の説明中、椅子の足をブラブラさせてたJGLがイタズラされて
ひっくり返りそうになった時の「なんだよ~」顔とか確信的。
●しかし、他人の深層心理を操作するなんて恐ろしい依頼の動機が
企業の独占を止めるためってそんな理由でいいんでしょうか。
もっと大義名分が欲しかったかも。
それにしてもパワーを持っている人は個人情報どころか潜在意識まで
高値で扱われるんですね。 格差も極まった感がありました。
●約2時間半すっかり引き込まれましたが、やっぱりラストシーンはアレしかないでしょう!
『悪人』
『悪人』(2010年 日本)
う~ん、原作への思い入れが強いだけに残念だった。
あの傑作長編を2時間の映画に落とし込むのはやっぱり無理があるのかな。
原作では主人公の生い立ちや環境や心情をとことん描いているから
出会ったばかりの二人が強く結び付いてしまったことに納得できるんだけど、
映画版ではこの二人である必然性が感じられず、結局誰でも良かったように
見えてしまう。
もちろんこの作品のテーマは恋愛ではなく、「誰かと本気で出会いたかった」
というセリフに象徴されるような、言いようのない寂しさ、やるせなさ、空虚さ
ではあるけれど、二人の関係にもっと感情移入できればドラマチックな逃避行も
更に胸に迫ったと思う。
同じような共依存を描いたシャーリーズ・セロンの『モンスター』ほどの
ヒリヒリ感は味わえなかった。
また原作はミステリーの要素もあり、犯人が誰なのか、本当に祐一は悪人なのか、
と最後まで興味を引っ張ってくれるのに、映画では早々に判明してしまうため
「誰が本当の悪人なのか」という主題がぼやけてしまった。
被害者の父と加害者の祖母のパートも盛り上がりに欠ける。
号泣させるくらいのエピソードがあったし、役者も良かったのに勿体無い。
ただ、ラストシーンの妻夫木聡の表情は素晴らしかった。
ずっと死んだような目をしていたのに、朝日を見る瞳の無垢さといったら。
『幸せの始まりは』
『幸せの始まりは』 (2010 アメリカ)
これはリース・ウィザースプーンの存在なしには成功しなかったと思う。
他の女優さんが演じたら思わせぶりのイヤな女になりかねないのに
全く嫌味がなく誰もが惹かれてしまう魅力的なヒロインになっている。
その彼女を取り巻く二人の男性の描かれ方にも新しさを感じた。
ジョージ(ポール・ラッド)は、とある会社の若手幹部でモテるタイプでは
ないけど、優しさと居心地の良さがある。
一方のマニー(オーウェン・ウィルソン)は、派手な生活を送り女性関係にも
だらしないけど、どこか憎めないメジャーリーグのピッチャー。
このマニーのキャラが、普通はステレオタイプに設定されて真実の愛を
見つけるまでの当て馬にされがちなのに、それに陥っていないおかげで
物語に厚みが増した。
ジョージの優しさもいかにも!ではなく、彼女を尊重したデリカシーのある
行為の積み重ねで、見ているこちらの胸も温かくしてくれる。
ジョージの秘書アニーのエピソードにも比重が置かれていて、
病室で受けたプロポーズのセリフは、史上最高に感動的でした。
さすが『恋愛小説家』のジェームズ・L・ブルックス監督作品だけあって
巷にあふれるお手軽なラブコメとは一線を画します。
陳腐な邦題のせいで二の足を踏んでいる人にぜひお薦めしたいです。
『その街のこども 劇場版』
『その街のこども 劇場版』 (2010 日本)
~あらすじ~
阪神・淡路大地震から15年。2010年1月にNHKで放映され、
視聴者から多くの感動の声が寄せられた、渡辺あや脚本
によるドラマを再編集し、映画版として全国公開。
“追悼のつどい“が行われる前日に神戸で偶然出会った男女。
ふたりは震災15年目の朝を迎えるまで共に過ごすことになる。
主演は、実際に震災を体験している森山未來と佐藤江梨子。
(@ぴあ映画生活より)
出演するのはほぼ、勇治:森山未來、美夏:佐藤江梨子だけ。
その二人が震災の思い出や自分のことを語りながら一晩中歩く
という、言うなればワンナイトお遍路ムービー。
悲劇的に盛り上げるお涙頂戴ものではなく、ごくごく普通の
若者二人による会話劇になっています。
震災当時、関西に親類知人もいなくて完全に他人事でしかなかった
わたしには見るべき映画でした。
もちろんこれだけで震災が理解できるはずもないけど、15年経っても
それがもらたし続けているものがある、ということは分かります。
勇治は、父親が震災特需で大儲けしたことで人間関係にヒビが入り、
その痛みを自分の中でこじらせている。
美夏は、親友を亡くし遺族の悲しみを目の当たりにして、
突然訪れる悲劇や自分が生き残ったことへの不安を抱えている。
ひとくちにあの震災とは、なんて総括できるものではなく
100人の被災者がいたら100通りの震災があって
それぞれが消化していくスピードも違う。
だから15年目の追悼集会に、美夏は「行かなダメなんです」で
勇治は「やめとくわ…来年にしとくわ」だった。
この映画は、震災を風化させるなと声高に訴えるわけでも
共感を強制するわけでもなく、淡々と進んでいきます。
実際に震災を体験した人にはつらい部分もあったかも知れないけど
わたしにとっては震災を題材にした普遍的な人間ドラマでもありました。
ドキュメンタリータッチで引き込まれる演出や透明感のある映像など
雰囲気も楽しんでほしいです。
