衆院選の日の夜に放送された「あ の 夜 2──帰ってきた東浩紀が特番を見てクダを巻くだけの限界選挙雑談with植田ウォッチ将暉+視聴者大討論会」を視聴しました。

 

今回も最高でした。

11時間もあったけれど、僕、明け方まで8時間ほど見ていました。

 

11時間ってそれ長すぎるだろって思うでしょ?

いやそれが大丈夫なんですよ!

 

だって真剣に見る必要がないもん(笑)

ダラダラ流して見ていてぜんぜんかまわない。

ときどき、自分の中で、「お?!」と思う瞬間があったら、そこからしばらくはしっかり見る。

むしろそういう見方で見れるところがいいんです。

 

選挙特番だけど、この番組は選挙についてのプロフェッショナルな番組ではありません。

そうではなく、政治に何を期待し、なぜそんな期待をもっているかをひとびとが等身大で語り、聞く番組です。

 

当たり前だけど僕らはひとりひとりがそれぞれさまざまな苦難を抱えています。

だから個人の投票行動はブレます。

小選挙区と比例で矛盾したロジックで投票することもありますし、時間的にブレる、つまり前回とは違ったところに違った理由で投票することもあります。

そのブレブレの、非合理的な個人という存在にクローズアップするのがこの番組なんです。

 

素晴らしいのは、参加者はみんな、互いのブレブレを受け入れ、共感しているところです。

たとえ正反対の政治的主張を持っていたとしても。

 

ブレる個人の行動を多数集めるとどうなるか。

相殺され、大きなトレンドが見えます。

社会学者や政治学者たちはそうしたトレンドを分析します。

確かにそのトレンドは社会というマスを正しく反映します。でもそこにはブレる個人の人生はない。もちろんそれでいいのです。個々人の生々しい現実をいちいち取り上げては政治なんてできませんし、社会分析や政治分析なんてのもできませんから。

 

効率性や客観性や実現性・現実性を追い求める「工学」の世界があって、いっぽうでその世界から零れ落ちる「詩」の世界があるとするなら、政治番組は「工学」の世界に属するものでありますし、それでいいんです。

 

でも僕らは潤いに満ちた非合理な「詩」の世界も必要としている。

少なくとも僕は必要としている。

 

そんな僕にとってこの番組は、非常にありがたい番組でした。

夢のような美しい世界を見せてもらえました。

東さん、ありがとう!