龍馬伝 終了しました
人っていうのは それぞれが 何らかの役割を持っていて
その役割を果たすために 目に見えない 何かに生かされているのかもしれない
“何か” とは つまり 、、 天の意思とでも言うべきか 、、
龍馬伝を見ていると 、、
つか 歴史モノを 見ると いつも そういうことを考える
龍馬は 土佐の郷士という 低い身分の出身でありながら
薩長同盟 大政奉還という はなれ技を やってのけました
龍馬自身 その後も いろんな構想も あったと思うが
突如 その “何か” に
見放されたとでも言うべきか 必要とされなくなったというべきか 、、、
志半ばにして 33歳という若さで 散ってしまいました
龍馬伝にも登場してくる 維新三傑と呼ばれる
西郷隆盛 大久保利通 木戸孝允(桂小五郎) も
明治維新を成し遂げ 現代社会の基盤を築いたものの
まだまだ やろうと思っていることがあるのに 志半ばにして 散っていった
織田信長にしても 豊臣秀吉にしても 徳川家康にしても
日本に限らず 世界史を見ても
まるで 天から与えられた使命とでも言うべきものがあり
その役割を全うするために この世に生を受け 生かされていたかのように感じる
そして それぞれの役目を終えると あっけなく “何か” に 見放されてしまう
歴史に名を残す人だけが そうではなく
オレも含め 平凡に毎日を過ごしている ごく普通の人であっても
大なり小なり 使命というか 役割というか そういったものが あるのかもしれん 、、
歴史モンを 見ると よく そんなことを考えたりします
じゃぁ オレの役割は いったい 何なのか?
歴史に名を残す人たちと くらべてしまうと
あまりにも ローカルな話になってしまい 自分自身を ちっぽけなもの に 感じてしまうが
38回まで 続いてきた 歴史ある四町大会が
西尾市との合併により 今年で最後になったわけだが
その最後の年に ヨンキースとしては 念願の 初優勝を果たしました
これも 自分の使命であり 役割であったのか 、、
そして セレクト南部組で 全国大会を めざしたが 無情にも 夢はやぶれた
これも 決められていた 自分の運命だったのか?
で、、 ここからの オレの役割は いったい 何なのか?
もう オレの役割は 終了してしまったのか?
それとも まだ 何か やるべき使命のようなものは 残っているのか?
一生懸命になればなるほど 空回りしてしまってます
たぶん “何か” に 与えられた 役割から 逸れてしまっているのかもしれません
今 なんとなく 次にやらなければならないことが 見えてます
しかし それは 簡単なことではなく たいへん 険しく 難しいことです
それが ハッキリするまで しばらくの間 このブログも 休憩しようと思ってます
近い将来 ここに戻ってくるかもしれません
来年の春かもしれません、、 夏かもしれません
もしかしたら 二度と帰ってこないかもしれません
自分が まだ ソフトボールに関して やるべきことが残っているとしたら
また いつの日か ここに帰ってくると思います
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