一昨日の晩、先日行ってた、


与那国の写真をアルバムにアップしてたんです。



『やのまい』です!

2013.5.4~5 yonaguniアルバム


1ヶ月経ってやっとね。







なんで、こんなに時間が掛ってしまったかというと、




今回、与那国島は1泊の予定で、


2日間、相方さんと原チャリで各地をロイロイしようと計画してたんですけど、


いかんせん、周囲約30キロほどの小さな島です。


西~東まで名所を回ってても、すっと、終わっちまいます。


それにお天気があまり良くなかったのもありましてね


持て余した時間を、宿で、ネットサーフィンに費やしていたんです。


もちろん、与那国島についての情報収集でした。



ほなね、



興味深い…というか、同じ日本でも、うちら内地の事情とは全く違った歴史を歩んできた島なんだ。



という事に気付かされましてね。




結局帰ってきて



内地と島の、歴史の違いや、絡みをもっと理解したくて



撮って来た写真を見ながら整理していたら



今になっちまった至った次第です。







あと、ちょっと、メンタルな面でも整理をつけたかったんです。







その写真の背景にある、歴史の事を考えると



ただ、容易に『旅行写真』として納められなかったというか…




改めて、日本の歴史というか、



その頃の時代背景を知らないと



ただの、きれいだった~楽しかった~の軽い写真なってしまうようで。。。





それじゃ、いけないような気がして。







だから、ちゃんと歴史を紐解いて、改めて理解したうえで、



載せたかったんですよね。




それに

同じ、八重山諸島の石垣島や、西表では



どこか懐かしさを感じたり、何かしらの共通点を得られたりして



すぐに親近感が沸いたのですが、




この島は、何一つ共通点が見つけられなかった。





ホントに、なぜか異国の地。でした。





だから、常に、どこへ行っても



『おじゃまします』っていう、変な緊張感がつきまとってました。




不思議なもんです。



今は同じ日本なのに。







でも、



いい機会でした。




琉球王国となる前までの与那国


そして、琉球王国に属してからの八重山


琉球処分(沖縄県になる)になってからの話。



学校で習う歴史には、かなり端折られた部分だと思います。






『やのまい』です!



いまや、観光のメッカとなってる南の島々。



その、海の青さと自然、


そしてその現地の方達の笑顔に何度癒されたことか。




その笑顔も、今までの時代背景と共に培われてきたと思えば、それはすごく感慨深いもので。





『やのまい』です!




なので次回、八重山の歴史についてちょいとですがお話したいと思います。