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変人ぷりんちゃんのゴーイング マイ ウェイ

これは超個性派変人のぷりんちゃんの超個性的な超妄想モードでロードを歩む為のブログである


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こんばんは、ぷりんちゃんです。

今回は、いよいよブルース・リーが映画人として、成功を収める道のりについての

ストーリーを、展開していこうと思います。

1966年に、アメリカのロングビーチ国際空手道選手権大会で詠春拳の演武をした

のですが、その時のフィルムがTVプロデューサーの目に止まったのをきっかけに、

TVシリーズ「グリーンホーネット」の準主役である日系アメリカ人のカトー役を演じ、

目の周辺だけを隠すマスクをつけ、派手なアクションを見せつけ人気を博しました。

これをきっかけに、ロサンゼルスでハリウッドの俳優やプロデューサーを顧客にして、

武術の個人指導をするようになり、TVや映画などのゲスト出演を重ねていきました。

しかし、「グリーンホーネット」の後、アメリカの連続テレビドラマ「燃えよカンフー」

を企画し、自ら主演を願ったが、東洋人であることなどを理由に叶わなかったのです。

1970年に、香港の大手映画会社のショウ・ブラザーズから独立したレイモンド・チョウが

設立したばかりのゴールデン・ハーベストと、1本1万香港ドルで2本の映画出演の

契約をしました。

翌年の1971年に、成人後の初主演映画となる「ドラゴン危機一発」が公開され、

香港の歴代興行記録を塗り替える大ヒットになったのです。

彼は、この映画で一躍、香港のトップスターに躍り出るのであります。

ちなみに日本でこの映画が公開されたのは、1974年になってからであります。

この映画の元のタイトルは唐山大兄で、英語名はThe Big Bossです。

彼の主演映画で、唯一彼独特の怪鳥音や彼の代名詞とも言える武器ヌンチャクが

登場しない映画であります。

この作品、実は当初ジェームズ・ティエンを主役にし、彼は準主役の予定

だったらしいのですが、彼のあまりにも凄まじいインパクトの為、彼を主役に据える

方向でシナリオが書き換えられ、ティエン演じる役柄は途中で殺されてしまう

形になったのであります。

この作品のロケ地は、殆どがタイで行われていて、エキストラも殆どがタイ人だった

のですが、タイの過酷な気候の中で続いた撮影により、彼の体重が激減したらしい

のです。

また、彼がコップを洗っていた際に、右手人差し指を十針縫う大けがをした

エピソードもあるそうです。

この続きはまた次回をお楽しみににゃ。







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