■情報に振り回されて自分を見失ってない? 情報化時代といわれる現代では、いち早くいい情報を取り入れる..........≪続きを読む≫
情報依存度。
一昔前は、依存といえば喫煙やアルコールという言葉が咄嗟に浮かんできたものですが、
今や依存するほどに情報があふれかえっているのですね。
確かに、私が中学生の頃まではインターネットなどというものはなかったので、
情報を仕入れる手段と言えば本・新聞・テレビ・ラジオ・会話ぐらいなものでした。
そしてそれらの情報を疑うこともなくインプットしていたものです(なにぶん少年でしたし)。
しかし、インターネットが栄えた昨今では、上に挙げた全ての手段を上回るのではないかと思えるほどの情報量がネット上で簡単に取得できるようになった反面、正しい情報と誤った情報・必要な情報と不必要な情報を自らが取捨選択する必要性を強いられることとなりました。
カヂタ自身、つい先日その取捨選択に悩まされた体験があるので、それをお話したいと思います。
それは、知人の結婚式を間近に控えたとある日の夜のことでした。
ふと妻が「カヂタ、今度の結婚式に何着ていくの?」と私に問うたのです。
私は、いつも通りストライプの入ったダークスーツに少しカラフルなワイシャツ、それから暖色系のネクタイを締めて参加するつもりでしたが、ふと正しい服装が気になってネット検索をすることにしました。
これが間違いでした。
その後約1時間に渡って私は情報に翻弄されることになります。
・普通のスーツ(普通ってなんだかわかりませんが)なんて有り得ない。礼服に白ネクタイが正装です。
という意見があるかと思えば、
・今時礼服に白ネクタイなんて年配の方しか見たことがない。若者ならそんな格好で参加したら恥をかきますよ。
と真逆の意見も。
様々なサイトを参考にしてみた結果、非常に困ったことに上記の意見は全て正しかったのです。
地域・来賓の平均年齢・立場などによって、「フォーマル」というのは変化するということ。
もちろん心得てはいましたが、検索すれば安心できると考えていた私はパニックに陥りました。
紳士服販売店のホームページを巡回してみても、やはりどこも若干曖昧な部分があります。
ただ、カジュアルな式ならダークスーツにカラーシャツでネクタイも白でなくてもオーケー、と。
ここでふとマナーに関する本を所持していたことを思い出し、
ネットから離れて書籍をチェックしてみることにしました。
「礼服に白ネクタイが正装です。いくらカジュアルな式でも、場をわきまえましょう」
・・・・。
この時点でカヂタは精神的にひどく疲労してしまい、パソコンも本も閉じてしまいました。
結局、実際に今まで何度も結婚式に参加した格好を否定することも抵抗があったために
当初の予定通りの服装にすることとしました。
情報に振り回されるとは、こういうことだったのではないかと今感じています。
自身に「若いんだから礼服なんて着ない!お洒落にキメるんだ!」という断固たる想いがあれば、
逆の意見を見たところで自分の気持ちがブレることもなかったように思います。
また、昔ならこういった情報は周りの親しい方と会話・相談をしたり、
もっと自分で考えたりして結論を導きだしていたのではないでしょうか。
情報を手軽に手に入れられるようになった反面、
人間関係・思考能力すらも抵抗したように思えると言うのは大仰でしょうかね。
さて、元記事のニュースによれば、情報依存度のチェック項目に以下のものがありました。
●作品を見る(読む)より先に、つい「解説」に目がいってしまう
●いつも最新のニュースをチェックしていないと不安になる
●気がつけば、「話題のもの」ばかりを追いかけている
●ガイドブックや情報誌がないと、旅行や街歩きを楽しめない
●何につけても、人の意見が気になる
●パソコンや携帯電話など、情報ツールがそばにないと不安になる
慌てて自身を当てはめてチェックしてみると、
驚くほど当てはまります。
続いて読んでいくと、ズシリとくる一文が。
「情報に頼りすぎると自分を見失いがちになります」
まさに今回の服装騒動のことを言われているようで耳が痛くなりました。
その文章の後にはこう続きます。
1)情報は、あくまでも「参考」にするもの
たとえ専門家の見解であっても、すべてを鵜呑みにしないこと。情報は参考にとどめ、最終的に物事を判断するのは「自分」だということを忘れない。
2)情報はさまざまな角度から複数求める
ひとつの情報にとらわれず、いろいろな角度から探してみること。複数の情報を参考にすることで、より視野が広がります。
3)「常識」に惑わされない
長く常識とされてきたことであっても、頭から信じ込まないこと。時代や社会の変遷とともに、常識も変化します。
4)少数派になっても恐れない
「みんながこういっているから」といわれても、惑わされないこと。多数の意見に迎合せず、自分の判断や直感を大事にする習慣を。
非常に考えさせられます。
特に、常識の変化と少数派を恐れないという点には思わず唸ってしまいました。
記事の最後にはこうありました。
ときどき、新聞もテレビも見ない、パソコンも電話もない、人にも会わない状態で、半日過ごしてみてください。飽きることなく、頭の中でいろいろな構想をめぐらせたり、静かに内省したりできますか? 「雑音」のない環境で充実した時間を過ごすことができるなら、あなたが情報の奴隷に陥っていない証拠です。
よし、早速その情報を遮断した半日とやら、試してみよう。
とすぐに影響される所が、すでに情報に振り回されているのではないか、と考え込んでしまうカヂタが居ます。