たなぼた式ヘルプ(助け舟)
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相手のためが相手をダメにする。相手のためが自分のため。2

よく見ると、
「長い目で見れば相手のためになることですが、
そのために今しなければならないのは冷たそうに見える対応」を
普通の人々はしませんよね。


実際、みんなの目的は彼ら自身が確信しているほど
「相手のため」ではなく、
今、ここでの「自己満足」や「ええカッコしい」かもしれません。


極端に言うと、
「とにかく今、いろいろしてやりたいという俺の欲求を満たしたいだけなんだ。
その結果が先々あんたに何をもたらすかなんて考えてなんかいないよ。」


といったやり方と変わりませんよね。

ちょっと表現が過激ですが事実を掘り下げるとそう思わざるをえません。


良かれと思ってしたことが結果的にはどうなるか?
ちょっと冷たい視線で見てみました。

相手のためが相手をダメにする。相手のためが自分のため。1

相手のことを思っていろんなことをしてあげることが、
反対に相手をダメにしていくという矛盾がこれからのテーマです。


医療技術が進むほど、
一部の人々は苦しまなくても良い苦しみをかえって長く味わうことになり、
健康な人々には莫大な医療費の負担がかかってくるようなものです。


年配者を楽にしてあげることが、年配者の心身を弱らせていくようなものです。


善意は、めぐりめぐって悪意より、たちの悪い結果になることがあります。


私は、よく、良かれと思う人々の熱心なヘルプが、心理的にみると、
単に自己満足や自分の心の安定のためにされているだけで、
相手にも、もちろんその場では喜んでもらわねばならないのですが、
長い目で見ると、必ずしも相手のためになっていないことが多いのでは?
と思うのです。


たなぼた式ヘルプ(助け船

「たなぼた」これは「棚からボタモチ(ぼた餅)」の略です。


このことわざの意味は

棚からぼた餅が落ちてくるように偶然の幸運がやってくることです。
(岩波国語辞典4)


人は困っている人を見れば助けたくなるでしょう。
この頃はそうではない人も多くなりましたが?


本当に命にかかわるような困り事には
目をそらすわけにはいかないでしょうが。


でも、その人が本当に?困っているのでしょうか?
また、本当に?助けてあげたいのでしょうか?


日本には「たてまえ」と「ほんね」があります。

「ほんね」で助けてあげたいと思う方も、
「たてまえ」で助けてあげた方が我身のためだと思う方もいます。


それぞれの立場でそれぞれの行動を起こしますよね。

それぞれの方がそれぞれの立場で行動を起こした結果が
どのような結果を招くか?

「風が吹けば桶屋が儲かる」式の因果関係ってあるのでしょうか?


あなたの善意が本当にその人の為になるかどうか?


子どものしつけ・教育
青年の教育
女性の生き方
老人の介護



多岐にわたる人の生き方にかかわって
本当に良いヘルプ・助け(たなぼた)とは?

を考えていきたいと思います。