http://www.news-postseven.com/archives/20111027_66951.html
京都世田谷区の民家で見つかった「放射能ビン」騒動は、当初、“東京ですごいホットスポットが見つかった”と、市民運動家や反原発団体を大騒ぎさせた。結局は民家の床下にあったラジウムの瓶が原因だった。
今の日本で本当に怖いのは、放射能ではなく、放射能ノイローゼと放射能
デマかもしれない。煽り派メディアでは、いまだに学会で相手にされない“活動家学者”や、専門の学位すらない“似非学者”が登場しては「日本はもうダメ」
「みんながんになる」と脅す。多くの科学者はうんざりして無視しているが、一般国民には誰が本当の専門家なのか、どれが信用できる意見なのか区別しにくい
から厄介だ。
ついには「福島で起きた水素爆発は核爆発と基本的に同じだ」とか「チェルノブイリを超える被曝をしている」などという荒唐無稽なデマまでが、一部の狂信的な団体やジャーナリストに支持される始末である。
これは社会心理学でいう「集団極性化」「集団思考」が現実になった憂うべき状態だ。新潟青陵大学大学院の碓井真史・教授(臨床心理学研究科)が警告する。
「もともと集まった動機は悪くなくても、集団で討議しているうちに当初の意見がどんどん過激に、強くなり、極端に走るのが集団極性化です。しかも、
外に反対の意見をいう“敵”がいると激しく非難し、自分たちに従わない者たちも攻撃対象にして結束を強めていく。それが集団思考です。
子供を放射能から守りたい、という発端は間違っていなかったとしても、次第に多くの意見のなかから最も過激な『危険だ』という声だけを信じるように
なり、『大丈夫ですよ』という学者やメディアに“御用学者”“安全デマ”などと攻撃を加えていく。後から見れば、あの時はヒステリックになってたね、と笑
えることかもしれませんが、この構造はカルト宗教やナチスにも通じるものであるだけに十分な警戒が必要です」
ある母親のネットワークは、行政や流通業界に対して「西日本の野菜だけを食べさせろ」、「どんな小さな放射能でもがんになるというのが世界の常識」などと主張している。
※週刊ポスト2011年11月4日号
3.11以前で、日本人がこんなに放射能のことを考えるようになると予測できた人がいったいどれくらいいたでしょうか?
いきなり日常がくずされ、未曾有の事態が起こったのですから、混乱状態になってもある程度は仕方がないのでしょうね。
だから、とりあえずわかりやすくするために、放射能が
安全
危険
と2対立で区分けされ、その綱引きの構図となってしまう。なぜなら、人間はものごとがはっきりしないと、不安をかかえてしまうから。どっちかはっきりしたい、だから「わからない」というのが一番不安なんですね。きっと。
でもね、
残念ながら、放射能はこの「わからない」の範疇が多いみたいなんですよ。だから、ある程度の不安はまぬがれない。
だって、専門家に聞いたって、「安全」から「危険」までの範囲で、意見が多種多様あるんですから。それは外国でも同じです。
でも考えてみたら、放射能だけでなく、農薬とか、食品添加物とか、電磁波とか、まわりに健康によくなさそうなものはもともといっぱいあって、もともとわたしたちは、不確定要素のなかで、気をつけて生きていかなければならない環境にあった。
だから、ようは程度問題。
毎日数ベクレルのセシウムが入った食品を食べると、500ベクレルのセシウムが入った食品を食べるのとでは、危険度が全く違う。
それから、わたしたちの体はみんな同じじゃない。
チェルノブイリのリクビダートルの方で、同じ放射線浴びてすぐ死んだ人と、まだ元気な人もいる。
だから、世田谷でラジウム入りのビンがみつかり、90歳のおばあちゃんが高放射線を何十年も浴びていて元気、というのも、まったく不思議な話ではないのでしょう。
その人は大丈夫だった、と言うだけの話で、他の人がまねしたら同じ結果がでるかどうかはわからないのです。
だから、どこかの大臣が、放射性物質入りの飲食物をパフォーマンスで公開の場で摂取したとしても、それで安全・危険というわけではないのです。
だから、放射能安全論、危険論、どちらも、「それだけが唯一の答え」と答えを押し付けるのが、一番の危険思想だと思います。
だから、ある程度の不安をかかえながら、生きていくしかない。実はそれは3.11以前だって同じだった。原発は日本中にあって、実は放射能ととなりあわせの世界に私達は今まで生きてきたのだから。原発のこわさを知っている人だったら、3.11以前から不安を抱えていたと思う。
「原発安全」という教育を受けて、それで安心感を得てきた人たちが多かった。「??」と思っても、普段考えもしなかった。さるうさぎもそのうちの一人だ。
フクシマが起きて、国と東電の失態が明らかになった。役人もメディアも、常にわたしたちに正しい情報を伝えるわけじゃないことがわかった。
これも不安を発生させる原因になってます。
あともうひとつ、
上の記事をみると、日本国民の多くが放射能を気にしているようにみえますが、どうもママさんたちの声をきくと、放射能のことを日常生活で回りに忌憚なく話せる状況ではないみたいですね。この記事は果たして現状に照らして公平にみて書かれたのか、疑問です。
こんな記事が流布したら、よけいにお母さんたちは、放射能のことを話しにくくなるのではないでしょうか? 話したら「狂信的」とか言われそうで。
そういう、自分の思っていることが言えない状況も、不安発生を高めています。
整理すると、フクシマが起こってから
①放射能の不確定要素に対する不安
②国や社会に対する不安
③友人や家族に思ったことを言えない不安
がないまぜになっている状況、が感じられます。今の日本からは。
だから、①に対しては、内部被ばく対策として、例えば西日本野菜を購入するのは、心理的にみても、有効だと思います。不安が少しでも解消できるのですから。
②は仕方ない、自衛しましょう。
③については、仲間をつくるしかないですよね。放射能について同じ意見をもつお母さんたちが一緒に住んで、一緒の幼稚園・学校を選ぶようになれば、自分の意見がたくさんいえますね。
ただ、それでほかの意見をもつお母さんたちに自分達の意見を押し付けてはいけない、とも思います。それが本来の形の民主主義社会です。