政治という「俗」、その本質を「聖」の領域へ
この旗印は進むべき道を示す”北極星”か
法治主義も人権も、かつてはバカげた理想論、狂気の沙汰
「絶対にたどり着けないと分かっていても、その方向へ一歩踏み出す。」
個人が端末を持つ情報共有時代、かつての偉人たちよりも
簡単に素早く革命は起こせるはずなのに...
”内なる革命”とは
「まさに”革命”の革命なり」
これが行く手を阻む元凶でしょうか
目をそらし、耳を塞ぎ、拒み続ける
減税、不倫、暴露話しか頭に入らない
文明という重力は、垂直方向への変化をひたすら困難にする
しょうもないw
どうしようもなく未熟で
絶望を見せてくれるのが人類とも見える
しかし動物的本能はまさに”生の原動力”
食べたい、愛されたい、美しくありたい、誰かに勝ちたい。
偉大な芸術も、狂気じみた革命も
「何に怒り、何に震えるか」
あらゆる衝動・反射は魂そのもの
これを完全否定する時
全て合理の機械、AIで良いのだとなる
であれば『人類補完計画』でも良い
完全な一つの”個”となり
銀河で暮らせばよい
そうではない”はず”です
SNSに疲れた人類はそっちに傾いているように見えますが
まずは「本能を燃料にし、理を舵にする」というステップを
試してみてはいかがだろうか
己を深く知り、問いを立てる
自己理解、至極単純な話に立ち返り
その道を極めるだけのことです
まぁ、それが難しいので忌避され続けるのですが
過度なストレス(あらゆる外部刺激)は
視野を狭め道を見えなくします
少し落ち着いて、状況を俯瞰するにはいい機会ではないでしょうか
少なくともより”マシな世界”を目指し歩み続ける
人類は愛すべき生き物である、わたしはそう考えますw
ビジュアルや、言説はどうあれ皆、小さく弱き儚いもの
かつてないほど静かな革命の宣言
「我らの限界を知れ、その上で理を抱け」
だとして、少し踏み込んで
「神(理)は拠り所であり、存在(神)ではない。自ら思考しその足で立て!」
と言えば、現代においても
下手すると戦争の引き金になりかねない
「神を杖として歩け」に聞こえることでしょう
そして、”内なる戦争”は必ず起こる
問いは無限なり、無知はそれでも身を滅ぼす
そして私は滅びました、幾度となく今なお(笑)
自分の言っていること、やっていることが
いったいどういうモノなのか
熱狂の渦中で俯瞰することは困難です
これも含めて、独自化・複雑化
個人特化し過ぎた世界では
知らないことが多すぎる
知ったとしてなお
受容し自己一致させ立ち振舞うことなど
できそうには思えないかも知れません、今は
現代では、他人には、自分には
いったいどこまで求め、どこで妥協すべきか
または、どこまでも目指すべきか
いっそ諦めるべき理想郷なのだろうか
”人類達観計画”の行く末は狂気の沙汰か、いずれにしても
人は順応し生きていくのでしょう、大きな大きな群れとして
手を取り合って、問い続けながら
「人ならざる統治」を希求しつつ、なお「人」として輝ける唯一の隙間
これを目指して
ハッピーメリークリスマスw
