人間一人一人にレール(道)があると思うんですよね。
そのレールってもう生まれた時に存在するんですよ。
たまに聞くのが、親に〇〇行けと言われた。親に〇〇大学じゃないとダメと言われた。など。
ウチの親は母しかいないんですけど、好きなことして生きればいいっていうスタンスだったんです。
そのおかげでまぁ中退したりもしましたが、全く後悔もせず好きな道を選ぶことができました。
たしかに親がレールを敷く家庭もあるとおもいます。でもやっぱり自分の好きな色のレールでゴールしたいじゃないですか。そのために親って、レールを敷く手伝いをするべきなんじゃないかなっておもうんです。
例えばレールを敷きたい場所に石が落ちてたとしましょう。
それを避けるのが親なのかなって。
息子はまだ6ヶ月です。できないことも多いです。でもそれは私たち親が育ててあげてる!っていうよりかは、生きる力を手伝ってるに過ぎないんじゃないかなって。手を動かせるようになった。立てるようになった。喋れるようになった。私たち親が教えてできるようになったわけじゃないです。彼ら自身がレールを敷いた結果です。
もちろん、悩んで迷子になることもあるでしょう。
どんなレールをどんな場所に置けばいいか悩む時もあるでしょう。
そんな時に、いろんなレールを渡してあげるのが親なんじゃないかなって。
もちろんそれが正しいかどうかなんてわかりません。でも彼らに選択させることに意味があるんじゃないかなっておもうんです。
彼らの"意思"で"選ぶ"ことに意味が出てくるんじゃないでしょうか。
そして彼らは自分だけのレールを敷いて行きます。
でも彼らには"責任"というものがありません。
それをとるのも親の仕事です。
レールの先に谷がありました。橋をかけるのも親の仕事です。
もちろんお金の問題で、あまり好きなようにさせてあげれないと、思うかもしれません。
でもウチも、その中での幸せや、
その中でのレールがありました。満足しています。幸せです。

そして、彼らが作ったレールを壊されないように気をつけながら、ゴールまで見届けましょう。
もちろん多くの親が彼らのゴールを直接見ることができないと思います。
なので先にゴールへ行き、待ってましょう。
そんな人生になれるようにがんばります。