Kittyの井戸端会議 -21ページ目

Kittyの井戸端会議

アメリカのカリフォルニア州、オレンジカウンティ(OC)在住。

身長201センチのだんなと身長150センチの私の凸凹夫婦。
ワンニャンとの2人+2匹暮らし。

主婦の井戸端会議にようこそ♪

今日のお天気
最高気温18度
最低気温10度

ウォーキング記録
昨日:6,611歩
今日:5,574歩

今日は今年6日目の雨が降りました。

でもさすが南カリフォルニア。
晴れたり降ったり晴れたり降ったりという面白い1日。

ワンコお散歩は普通にできました

明日、明後日も雨の予報なので
日数だけでいうと去年より早いペースで雨降ってます!

でも雨量は去年よりずっと少ない。
大丈夫かな、干ばつ地獄の南カリフォルニア。

日系スーパーのミツワに行ったら
『ひな祭りを和菓子でお祝いしましょう』という特設コーナーで
北海道の函館の岡部製粉所の和菓子が売られてました。







6日間だけの限定セールだそうです。

北海道の函館といえば
私とだんなが19年前に恋に落ちた街。

私の父方の祖父母の家が
函館近郊の海辺の街だったので
私にとっても函館はいくつもある第二の故郷の1つでもある、
思い出いっぱいの街です。

普段は甘いものより、しょっぱいものや酸っぱいものが好きですが
和菓子もおいしいですからねぇ

買っちゃいました。




ここで大誤算!

1つ1つがどれだけ大きいか把握しないまま
普通の大福並みに3つ同時に食べてしまいましたよ。




桜餅によもぎにきなこ!

白状すると桜餅1つだけでも
信じられないぐらいにお腹いっぱいになってしまったのに
もうお皿に移しちゃったものを容器に戻すのは嫌だ、面倒だって思って
結局全部食べちゃいました。

なんであんなに重厚感たっぷりなんですか?

どれも普通のお店の2倍ぐらいの重みと大きさ!

やっぱり、『北海道はでっかいどー(昔のCMの謳い文句)』
ってことなのでしょうか。

だんなも「北海道はアメリカでいうテキサスってことだね」
「州面積も大きくて家のサイズも大きいテキサスに対して
北海道は広くて和菓子も大きい!」

って感動してました(笑)

もちろん、大きいだけじゃなくて凄く美味しかったです。

美味しくなければお腹が千切れそうに満腹の状態で
3つも食べれません!

繁忙期のだんなを激励する為に
伊藤園のジャスミン茶も大人買いしてきました。




日本に住んでいた頃
はまっていたジャスミン茶、
アメリカでも飲み続けているだんなです。

3年前にも同じような記事を書いていて
恨みつらみを書いてしまったけど
今日もそうなってしまうかも。。。

ひな祭りというと私はその年によって
悲しく塞ぎこんでしまうことがあります。

もうどこにもない雛人形のことを考えてしまうし
当時の苦悩を思い出してしまうから。

私は今までに火事を2度体験しています。

1度目の火事では目の前で
私と弟を両脇に抱え火事場の馬鹿力を発揮する母の腕の中で
父が決死の思いで母方の祖母を救おうとする姿を見たものの
私が大好きだった祖母は亡くなりました。

昨日まで一緒に遊んでいたおばあちゃんには
もう会えませんでした。

2度目の火事では
いろんなものが灰になりました。
幸い死者も怪我人も出ませんでしたが
高価なものから安価なものまで大事にしていたものが灰に。

1度目の火事は人災、2度目の火事は漏電。

今日公開するのは
私が生まれた年に両親と祖父母が私の為に購入してくれた
昭和の雛人形。

今写真で見ても立派に見えるし
子供ながらに毎年ひな祭りが楽しみだったことを
覚えています。
















こんな立派な雛人形、皆灰になってしまいました。

ちょっとおまけで私の生まれたばかりのお姿。
雛人形の前での記念撮影でした。




面影は全然ないと思っているので
(私をリアルで知っている人には分かるそうですが)
モザイクかけずに公開。

そして同じく灰になってしまったのが
弟の五月人形。




こちらも写真で見ても豪華さが伺え、
弟と私のツーショットや父と母との3ショット、
私が大好きだった父方の曾祖母との写真が
いっぱい撮ってあって

幸せだった家族のひとときが伝わってきます。

2度の火事は直接の原因ではないものの、
両親の離婚の原因の1つにもなってるのかなと
大人になった私は思います。

火災後の隣近所の人たちの態度が酷すぎましたから。

地方の狭い田舎社会。

ひどい噂を流されました。
「保険金目当ての放火」

昨日まで挨拶したり、井戸端会議をしていた
隣近所の大人たちが
私たちを突然無視したり、聞こえるように
「保険金泥棒」って言ってきました。

そんな大人たちの言動を子供たちも真似してました。

それが真実だったなら
火事で灰になった当時祖父母が住んでいた家は
保険金で建て替えたでしょうし
雛人形も五月人形ももっと良い物を買い換えていたでしょう。

いえむしろ、
安価な物を燃やして高価な物を隠したことでしょう。

2度の火事で私の家は貧しくなっていく一方だったというのに
地方の狭い田舎社会というのは
人の不幸をネタに噂話をするのが好きなものです。

私のまぶたにはまだ悲しく鮮やかに
父が祖母を救おうとする姿や
2度目の火事では自分の命も危ないと思って

「ああどうしてまた」って言いながら
泣きながら命からがら逃げた自分の姿、
他の家族の姿が見えなくなって
どこにいるんだろうと不安になったあの時の気持ち、
決して忘れられないのですが

ひな祭りが来るたびに
地方の小さな町の冷たい隣人たちのことも思い出します。

子供の私でもトラウマになるほど
辛らつだった隣近所の大人と子供たちの言動。
きっと父と母にとっては夫婦仲に亀裂が入るほどだったでしょうね。

母方の祖母を救えなかった父を
母は責めていたかもしれないし
祖母を救えなかった父は無力感に苛まれたことでしょう。

雛人形も五月人形も灰になってしまいましたが
こうして写真で振り返って思い出に浸ることができます。

大人になった私が写真を撮るのが好きで
綺麗かそうじゃないかに関わらず
林家パー子さん並みに撮ってしまうのも
火事を体験して大事なものが灰になる体験を
2度もしているからだと思います。

写真さえあれば思い出せる、
記憶だけではあいまいになってしまうものでも。


写真の力って凄いんですよ。
幸せが壊れてしまった家族の
幸せなひとときを何年経っても見せてくれるんです。

そしてともすればどっぷり悲しみに浸ってしまいそうな私を
笑顔にしてくれるんです。