お決まりの新年挨拶なんかは、モウやりたくないですね、きっとヤツラの仕込みが入ってるからね。
1日も忌みてみました。実は、元旦は新聞配達人の地獄日でして、ドッと疲れました。
2025が終わった、ということだけ、いつもより、年変わりを喜びたい気分があります。
2024もイヤな年だったけど(能登地震に始まりオカシな火事のニュースで終わったよな)、2025は、どうしてもスクエアなイメージで単純に数字的に好感が持てなかったところ、トンデモない複数の仕込みの成就年(おそらく大きなターニングポイント)だったとわかって、なんだかねぇ・・・。
かと言って、2026にも良いイメージは無いね。226事件ってあったからね。偶数なのだけ、少し柔らかい感じがする。アメリカ独立250年か。またなんかやらかすんだろう。
たまには何もないのどかな年も挟んでくれるといいんだけどなー。昔、「民力休養」って言葉があって、なんかハードなイベントあったあとは、少し休憩時間を取ってくれた気がするが。明治ね。
今はモウ追い込み「終末」時期だから、そんな甘い時間は来ないか。
疲れ果てているんだけど。老化は進むしさ。
雑煮は美味しいけど、量が入らなくなってきた。
来年は、のし餅一升でなく、半分のを買うことにする。うちは昔から、末廣ののし餅だけど、静鉄ストアには半分の小さいやつを置いてあった。
来年も置いてね。まだ生きてると思う。来年の正月あたりではまだ。