しんどーーーーーーい。
しんどいしんどいしんどいいぃー。
布団の中なうです。
息子と娘にタブレットを与えて放置アンド放置。
明日は母の病院に行きます。
高速バスに乗って娘を託児に預けて、またバス乗り換えて…
しんどい。
明日は息子の分散登校なので、父が家で息子の面倒を見てくれるよ。
娘の面倒も…と言いたいけど、二人の喧嘩から息子のパニックを引き起こす可能性があるので、この二人は一緒に留守番させるのは危険すぎる。
病院から帰宅したら息子の宿題も見なきゃだし、考えただけでげっそりする。
何にも楽しくないよー。
死にそうな母のお見舞いに行きたくないよ。
10分しか顔見れないのに市外から高速バス使っていくの、めちゃしんどい。
どんだけ準備が大変なことか。うへー。
でも行かなきゃ行かないで落ち着かない。
なんだこのジレンマは。
後悔ないようにしっかりお見舞いしてあげて
…とよく言われるけど、もし私のような人に今私が声をかけるとしたら
何しても後悔はすると思うよ。
だから自分を一番大事にしたらいいよ
と言いたい。
しんどい時はお見舞いから逃げよう。
死にそうな親の姿をみるのってものすごい精神ダメージなんだわー…。
コロナのバカ!
みんなで母を支えたいけど、よくしてくれた東京のいとこは帰ってこれないし、叔母はお見舞い行けないし。
私が何とかするしかないんだけど、休校休園の自閉症息子と発達グレー娘の世話が大変過ぎて、週二回のお見舞いが超大変…。
誰にも何にも感謝もされない
ただひたすらにしんどい。
母は分かってくれてたらいいな。
もう話せないけど…
私が話しかけると、深く瞬きをするんだよね。まるで頷いてるみたいなんだよ。
やっぱり週二回、10分でも会えるのが嬉しい。
居なくならないで、置いていかないでと思う気持ちと、もう解放してあげたい気持ちと、せめぎあって苦しいよー。
元気だった母と話したいなー。
闘病が長すぎて、元気な母の姿が思い出せないよ…
=====ここから追記=====
読み返したら、母が死にそうなのにお見舞いに行くのが怠いみたいな書き方になってる
母の死が近いのが辛い
土曜日に説明を受けた
病院で説明を受けて絶望感というか、これからのことを聞いて落ち込んで
そして病院から出たら街が明るくて、信号もいつも通りについて街も人も変わりない
なんか自分だけ時間軸が違うというか取り残されたというか。
…という経験は、多分した人でないと分からないと思うけど伝わるかな?
自分でも何を書いてるか分からないんだけど、もうすぐ母を失いそうな現実が辛くて泣いて叫びたい
その現実と対峙するお見舞いに怖くて行きたくない
でも行かない選択肢はないけど、コロナだし障害児抱えてて思ったように動けなくて苦しい
泣いてたら息子はまた不安定になるし、でも泣いちゃうよねー。