実習前、ひどく落ち込む。
泣きたくなる、なんでだろう。
患者さんと向き合うってことよりも、自分に正面から立ち向かわなきゃならないから
それが痛いほど分かってるから、逃げ出したくて仕方がない。

看護は感情労働。
感情が揺さぶられやすい私に、本当につとまるのだろうか。
考えても考えても答えが見えない迷路に、強制的にぶっこまれる。
それが怖くて怖くて仕方ないんだろう。

うん、自分が果てしなく弱い人間であることのみ、妙に腹落ちする。

それが実習前夜。


情けないし、恥ずかしいし、みんなはもっと強いのにぃって思うけど、
こんなに弱虫なのが、ホントの自分。
どっちが悪いとかじゃないんだよね、いや本当に。

なんか、もう果てしなく絶望の将来しか見えない。



人生、何に重きを置くか。これが全然違っていたりすると

ただ辛いだけになる。


価値観が違う。これは当然誰にでも誰とにでもあること。


でもね、この価値観の違いが会話をも苦しめるぐらいになると

もう何をどのように話そうか話さない方がいいか、話し方をかなり慎重にしなきゃとか

そんなことばかりに気をとられて疲弊する。



うん、疲れた。


暫くは、だんまりを決め込もう。そう思う。
ブログやtwitterのいいところ。
頭を整理してから表現できること。

一方で、生身の瞬発力ある表現はなかなか出ない。


でだ。
私における、ブログやらの傾向は

できあがったものが、一般的に言う「暗い」「ネガティブ」なことが多いだそうだ。
それは、時に見た人を心配させ、時にイラつかせるらしい。

反省しなきゃいけないとは思いつつ、ちょっと疑問も抱いている自分。


そもそも、ブログやtwitterに表現するときってどんな時?

たとえば
①どこどこに行ってきました
②こんな珍しいもの発見しました
③多種ご報告

ざっとこんなんじゃない?

どれも、必ずそれには付随する気持ちや意思があり、皆それをブチまけたいんだよね。

気持ちって、いつも変化するものであり変化しないとやっていけないもの。と私は思っているんですけど。


でね。
何かひとつのことについて何か書こうとするときって、必ず、言葉を口に出すよりは相当時間かかるわけでしょ。

私、時間かけてもの考えると
ついつい俗にいう「暗い」方向に文章が出来上がるらしい。
でも、決してその文章ができた状態が感情のゴールではないのも確か。
経過の一端にしか過ぎない。

だって、気持ちはいつも変化するものだから。


ただ、それで見た人が私が察知することできないところで不快な思いをするならば
申し訳ないし、一方で面倒くさいと思ってしまうのもまた正直なところ。

ひとつの事象に対してどんな感情を抱くかなんて、自由でしょ。
桜を見て綺麗と思う人もいれば、切ないと思う人も居る。
当たり前のことでしょ。




要するに、ブログで表現する練習をちょっとの間やってきて
今のところの結論は

思いは公開するものではない。


以上、2010年がそろそろ終わる、師走27日、今の気持ち。




























なんだかとっても寂しくて寂しくて仕方がない。

自分だけが苦しいんじゃない。そんなの百も承知だ。

そして人に依存するのも良くないことも分かってる。

でも、こんなに色々と先が見えなくて、でも、毎日時間だけは過ぎていくから

辛さだけ増してきて。

一体自分は何なのだろうか。

もういい加減、泣き疲れた。涙も出ない。



誰かとつながっていたいという気持ち。

暴走しそう。


そう、ほんとに少しだけ、少しだけ愛情が欲しい。