昨日母方の伯父がすい臓がんで入院していると聞いた。他の器官にも転移しており、かなり悪いらしい。
連絡をくれた電話越しの母親は「ねぇ~、もうトシだからね。土曜日にお見舞いにいってくる」と落ち着いた声で話していた。

伯父は70を過ぎているし、母も60を過ぎた。芸能人の60は若くてピンピンしているが、体をケアするヒマもなく働いた一般人はそうはいかない。母親のことばには自分を含め周りの人が、いよいよ順にお迎えを受けるという悟りの心境を感じさせた。

自分も弟も、とくに親孝行を意識したことはないが、まあうまくやっているほうだと思う。記念日の折に何かをあげたりなどはしないが、月1程度は電話もいれれば、年に2~3度は家に帰る。金銭などのトラブルもなければ、病気もない。兄弟ともに子供もできた。 演技でもないが悔いが残ることはないだろうと思う。

日本中で記録上は長寿者の行方が不明というニュースが最近話題だが、長寿というのもどうもこのごろは魅力を感じない言葉である。安全・安心の社会あればこそ、1年でも長く謳歌したいと思うのが自然。不安定な世の中と戦い続けるために長生きしたいという人がどれだけいるだろうか。 ただ、老いさらばえ体の自由がきかなくなり、お迎えを待つだけのような身になったとき、後悔はしたくない。思い返すだけでしみじみするような、味わいのある生を刻みたいと思う。

母親は昔話をきくにつけ、これまで十分人生を楽しんできたんじゃないかと思う。父親は、まあ好き勝手にやってきたし、いまもそうだ。自分はどうか。いまの願いといえば、熱くなれる仕事がしたい。ただこのだらしない体で口先だけ熱いようなことを言っていても何事もなし得ないだろうという弁えはある。石田純一は毎日10km走っているそうだ。

さあ、どうしようかね。。。

娘、妻、、、、自分のことばかり考えているわけにもいかない。

この間、「悩み」という言葉をWebの辞書で調べ、はじめて具体的なイメージをもつことができた。悩みとは思いわずらうこと。「うーん」とうなっているだけで、何も生み出せない状態。考えているつもりが、いつのまに「悩み」に替わっていることは多い。自分が「悩み」状態であると気づかないうちは、ずっと「悩み」というアウトプットのない無駄な時間をすごしてしまうわけだ。

まとまらないからこのへんで。
今日は2人の「昔おつきあいのあった人」の名前を聞くことになった日。
ひとりは10年以上前に会社で一緒に働いた年上の女性。
もうひとりは4年前、5年間ほどお世話になった壮年の男性。

どちらも時々は思い出したり、何をしているのか想像したりする。しかしこちらから連絡することはほとんどない。

相手が自分のことを覚えている、ということを伝えてくれることはうれしいものだ。
それはよく解っている。

しかしそうした声がけなどがどうも苦手で仕方がない。
このままでいいわけない、未来が明るくなるはずがない、ということはよくわかっているのだが。

これもきっと甘えなのだろう。

どちらの方も今度会おうと言ってくれた。本当にそれはうれしいことだ。
仕事がひと段落。
追い詰められるといろんなことが見えてくるもんだ。
この疲労や緊張感、焦燥感なくして、人は心から学ぶことはないのかもしれない。

ビジネススキルの本を読んでも空しいのは、なかなか内側から実践の意欲が沸かないからだ。
しかし書店でお菓子のように並ぶそれらを見ると、つい手にとってしまう。いったい何を期待しているのか。
今回学んだこと

請け負った仕事の品質要求はよく確認しないといけない。
道具は意味を十分理解しないと、使っている気になるだけで成果が得られない。管理表、 分析表などは、作成した後もよく眺めて、意味を問い直すべきである。見える化とよく言うが、ぼんやり見ていては何も好転しない。図式、図表化した現状を眺め、「この状態は何を表していると思う?」と常に自分に問いかけるべきた。

そして何よりも、「自分は何になりたいの?」の問いを早く出すべきだ。
ソフトバンクの孫氏が先日「カンブリア宮殿」でも言っていた。
理念、ビジョン、戦略、戦術、計画 の優先順位がはっきりしていれば、会社は勝手に回る
個人の人生においてもそうなのだろう。理念:私が信じて生きていることは? ビジョン:何になりたい? 戦略:どんなステップでそこに向かう? 戦術:どんなコースで? 計画:どれくらいの時間で、どんな方法で?
ぼんやり生きているよなぁ俺・・・・・

理由は分かっているけど。
クッキリした人生を送りたかったら、嗜好品の摂取を限界まで減らすべきだ。
各界のスーパースターは、みな修行僧のように見える。ただ思いを強く、まっすぐ生きている。
「自分はそんな人生、とてもとても・・」と考えるところから、余計なブレーキがかかっている。
最高を目指すところからはじまって、ようやく個人としてのクッキリした人生が送れるのだろう。
そこに才能+運でスーパースターの誕生だ。そこに目をやらなくても、クッキリした人生を送る「地上の星」はいくらでもいる。
そこにすら、憧れだけで済ますつもり??

どうなの?

この休みによく考えよう。