最近、昔(ラテン語に注目を払ったばかりのころかな?)買ってきたラテン語にまつわる話を書いている、ラテン語の世界ーローマが残した無限の遺産という本を再び読みますが、偶然にこのページが目に入っていた。気になったのはその中の一つのフレーズ

 

“しかし、ラテン語がそれと異なるのは、結局現代社会に対して持つその多大な影響力である。サンスクリットが現代世界に行使する影響力は、ラテン語のそれに比べると無に近くなる”

 

 

確かに、サンスクリットであろうか古代ギリシャ語(ある意味で現代ギリシャ語)も、一種の神秘な感じで現代人に捉えられているようですが、It is all Greek to meという、難解なものと出会って口に出すこの英語のことわざをと通してもギリシャ語への敬遠の現代人の気持ちがわかっているだろう?サンスクリットの場合ではよりいっそ、西欧人にとってはまるで、伝説的なもの的に聞こえるのかな?私たちのアジア人ならせめて、それが仏教と何かの関係があるという、認識を持っていはいるかもしれないけど、それを勉強してみようかとか考える人はほとんどいないのかな??

 

確かに、ラテン語源の英語語彙が多いし、英語の影響力も、英語を母国語にするイギリス、そして、今、アメリカの関係でビジネスはもちろん様々な範疇でもLingua Franca(違った国語を話す人々の中での共通語)となって世界中へと進出。そんな英語に乗っているラテン語の語彙も、それゆえに、いつのまにか世界中の人々の頭に浸透しているのです。だから語彙の浸透性から言ったらサンスクリットの現代的な影響力はラテン語よりずっと薄いかもしれませんが、皮肉なことに、その著者がすぐあと、ラテン語の言語的な位置づけを説明するにさいして使われるコンセプトは、ほかのものじゃなくて現代への影響力がラテン語のそれに比べると無に近くなるサンスクリットのおかげさまのものですよ!もし、西欧人がサンスクリットの存在を知っていなかったらその右に現れる、いわゆる印欧語の系譜も存在し得なかったものです!そもそも比較言語学の生まれは、西欧人によるサンスクリットの発見なのだった。ここでやはり、次のSir William Jonesの言葉は登場すべき気がする(笑)

 

“The Sanscrit language, whatever be its antiquity, is of a wonderful structure; more perfect than the Greek, more copious than the Latin, and more exquisitely refined than either, yet bearing to both of them a stronger affinity, both in the roots of verbs and the forms of grammar, than could possibly have been produced by accident; so strong indeed, that no philologer could examine them all three, without believing them to have sprung from some common source, which, perhaps, no longer exists; there is a similar reason, though not quite so forcible, for supposing that both theGothic and the Celtic, though blended with a very different idiom, had the same origin with the Sanscrit; and the old Persian might be added to the same family.”

 

結局、文学、哲学、数学、科学、宗教といったいわゆる人文学科(普通なら数学、科学はそれに含まれていないようですが…)の起源に対して持つその多大な影響力で言えば逆に、ラテン語はサンスクリット(古典ギリシャ語も)のそれと比べると無に近くなると思う!キリスト教はローマ帝国の関係で西欧人にとってラテン語と深くかかわっているにもかかわらず、新約聖書の原文はラテン語じゃなくてコイネーギリシャ語ですよ。さらに、中近代のヨーロッパの覇権を支えるのはルネサンスという精神開放運動なのですが、その刺激源としてやはり、ラテン語の著作じゃなくてアラブ人によって持ち込まれるギリシャ語の著書を通して西欧人の思考を“復活させる”という話なんですが、Renaissanceという英語の言葉はもともと、Rebornという意味ですね。思想の復活という意味なのかな?

 

私的な言い方をすれば、現代への影響力に対してラテン語は表で、サンスクリットと古代ギリシャ語は裏で働きかけているわけです。どっちが強いかよりもむしろ、協力して今の現代社会を支えている。たとえそれをはっきりと知っている人が少なくいても。