hallelujah!!
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ある人のTwitterで、

猫の帰りが遅くて心配になり、早く無事に帰ってきてくれ。宝くじなんて当たんなくて良いから。と思ったらちゃんと帰ってきた、と。

宝くじは当たんなかったけど、良かった。大好き一生生きていて欲しい。っていうツイートをしてた。

単純に羨ましかった。

私はもう大好きな犬にも猫にも会えない。私が生きているうちは。


急にものすごく悲しくなって、写真みながら名前を呼んでしまった。

どうにもならない。会いたい。


2018年10月5日(金)の日記

昨日夜見た夢

昔カムの小屋があった場所に
3つくらい部屋がある立派な小屋を作った。

そしたら場面が変わって、その小屋の中だと思うけど、暗い車の中みたいなところにカムがいた。

カムの体は元気で、可愛くて動き回ってた。

動いてたのに、急に動かなくなって呼吸を止めた。

今度は助けるって思ったし腹水も溜まってない体だったから心臓マッサージできると思った。

未だ間に合うと思って心臓マッサージし始めたら、一瞬体が動いた気がして、これいける、と思ったけど、そのあとマッサージしても人口呼吸しても、動いてくれなくて、でもマッサージし続けてた。




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カムの夢はいつもこうだ。
前みたのは、夢の中でも亡くなったあとなのに、生きてることにして動物病院に病状を相談しに行く夢だった





夢にでてくるカムはいつも悲しくて、私はカムの死がトラウマなんじゃないか、と思ってちょっとホッとする。ちゃんと悲しんでる、って実感して。


前にみた「天国は本当にある」っていう映画の中で、息子を亡くした女性が、「息子亡くした心の痛みだけが、息子との絆だった」と言っていた。

ほんとその通りだと思う。


でもそれは本当はちがうし、悲しむことだけが正しいことじゃないのもわかるんだけど。

でも、悲しんで落ちこむことでしか対処できない。じゃないとカムに申し訳ない、っていう気持ちが出てくる。

3/21 午前0:46

寂しくなります。
3/20とっても寒い夜。星が綺麗でした。
お母さんが泣いてるとこ生まれてはじめてみました。
お母さんとふたりで手繋いで泣いて歩いた、他の人は不審な目で見てました。

自分の部屋に入るとカムが鳴いてる声が聞こえる気がします。
さっき狂犬病の注射の紙見て、悲しくなりました。いままでの年が連なっていて、このときは生きてたんだなぁと。もうここでとまるのかと。

お母さんは、最期面倒見れてよかった、兄が来るのを待ってたんだな、って言ってて、正直うーん、と言う気持ち。こんなときまでごめんね。
カムはもっと生きれたし、お母さんに怒るのは違うのも分かってるけど、もっと良くなる方法あったんじゃないの?構ってやれなかったぶん最期面倒みたっていってたけど、過去の構ってやれなさと寂しさ与えたのは変わらないし。
私自身はもう動物を飼う資格はないというか、カムに申し訳ない。


とりあえすカムごめん。謝るより感謝の気持ちだなと思って、今までごめんと言わなかったけど、申し訳なさしかない。カムがいなくなるのはなんかおかしい。変。

亡くなったカムを見てやっぱちょっと怖かった。
死んだら無になるんじゃなくて、そこで私達を見ていて欲しい。カムという存在が消えるわけじゃない。

いまもカムはひとり。あの寒いところにいる。心はこっちにいて暖かいところにいてほしい。あんな寒いところにいて欲しくない。

明日で体とはお別れ。耳の毛並み、鼻の色、目が好き。心臓マッサージしたら生き返ったんじゃないか、と思ってる今の時間も刻刻と時間は過ぎてる。死が確定してきてる。

ゴールデンウィーク一緒に散歩したかった。リード買うの遅かった。ハーネスも。

カムがもう痛くないなら、それが良い。安らかなとこにいてね。好きよ。