ハロー!アメーバ伊澤です。
このブログで他のメンバーも言うとりますが、今年の5月でHELL DUMPは9周年を迎えました。
最初はバイト仲間とカバーバンドとして始まったのに、気が付けば9年も経っていましたのよ。
思い起こせば色々な事がありましたな〜。
うんうん。
今でも良く覚えてるのは、冬の寒ーい寒ーい時期、滋賀県彦根市にライブに行った時のことですな〜。
雪が舞う彦根城に行って、¥1,000近くの駐車料金払って「さぁ!彦根キャッスル楽しむぞー!」って意気込んだけど、「寒くて観光どころじゃねー!」と言ってみんなですぐ車に戻ったんじゃ。
近くのココスで暖を取って、「そろそろライブハウスに行こうかの〜。」とワタクシがよっこらしょと車のドアを閉めたら、パイソンのおててをドアに挟んじゃいました。
その日のライブはおじゃんになってしまうかのーと思ったら、パイソンの驚異的な回復力で見事大成功‼︎
パイソンキレキレ!
その次から、ライブ前にはパイソンの手をドアに挟む習慣が生まれましたとさ。
めでたしめでたし。
パイソンごめんね。
さて…ここからは少し真面目な話を。
サタンさんのブログを読んでいただいた皆様は2つの事を疑問に思っている方もいるでしょう。
疑問①「キャンサー伊澤」とは何者なのか?
疑問②なぜキャンサー伊澤はオリジナルソングでライブをする事に反対だったのか?
ヤフー知恵袋に質問が溢れる前に、ここでお答えしますざんす。
まず疑問①
ワタクシ「アメーバ伊澤」は、HELL DUMP結成当初は「キャンサー伊澤」という名前で活動しておりました。
この名前は、サタンさんが思い付きで「なんか雰囲気がキャンサーっぽい」っていう理由で安易に付けた名前でした。
ホントにテキトーに付けた名前でした。
設定もマッドサイエンティスト。
キャンサー全く関係なし。
ところがライブを重ねるに連れて、ありがたいことにワタクシの事を好いてくれるお客さんがチラホラ現れ始めました。
その方々はワタクシの事をこう呼びました。
「キャン様」
ワタクシとしてはとっても嬉しかったのですが、当時ゴールデンボンバーが大人気で、ギターの喜矢武豊さんも「キャン様」と呼ばれていました。
それをサタンさんは「俺たちが売れたらどっちの事言ってるか分からねーじゃねーか!」
と思ったらしく、「名前を変えようと思うんだけど、ヘドロとアメーバどっちがいい?」と聞かれたので、「アメーバがいい!」と答えました。
このアメーバという名前も、サタンさんが「こきたねードロドロした名前がいいな!」という理由で安易に付けた名前です。
スーパー安易。
名前が変わったので心機一転!
カツラを取ってメットを被り、上半身ハダカになったワタクシは、無事「アメ様」としてHELL DUMPのギターとして活動を始めたのであります!
そして疑問②
なぜワタクシがHELL DUMPでオリジナルソングをやりたくなかったのか…
ん〜…これは2つ理由があります。
1つずつ説明しますね。
HELL DUMP結成の数年前にワタクシは都内でバンド活動をしていました。
ジャンルはいわゆるJ-POP。
数年活動しましたが、鳴かず飛ばずで解散しました。
売れたくてバンドをやっていたのですが全く売れず、ライブハウスのスタッフの方にボロクソ言われた事もありました。
バンド活動自体も楽しめなくなり、最後の方はただギターを弾いているという事だけを楽しんでる感じになってました。
そんな経験もあって、もうオリジナルソングでのバンド活動をやる気力や勇気がなかったんです。
お金もかかるし、やり甲斐もあまり感じられないし…
ただギター弾くのは好きだったので、家でちまちま弾いて楽しんでました。
なので、サタンさんにHELL DUMPの話をされた時は
「コピーバンドなら楽しくやれるかなー。」
「でもメタルバンドとかそんなに興味無いし一回限りにしよう。」
という気持ちで引き受けたんです。
これが一つ目の理由。
そしてもう一つの理由は、サタンさんの曲にありました。
サタンさんとはバイト先が一緒だったのでほぼ毎日会っていたのですが、「伊澤さん!いい曲出来たよー!」と言って、毎週オリジナルソングを収録したCDを職場に持って来ました。
でも、その曲がことごとくB級スラッシュメタル、もしくはB級メロディックスピードメタルで、しかも英詞だったので、
「う〜ん…こういう曲やるバンド海外にたくさんいるし、あえて俺たちがやる意味あるのかなー。」
と思って、このバンドではコピー曲だけでいいかな〜という気持ちになっていたのです。
それに、さっきも言ったけどメタルにあんまり興味無かったしね(^-^;
まぁ〜、他にも小さい理由はいくつかあったと思うけど、この2つがHELL DUMPを「1回限りのコピーバンドとしてなら」と引き受けた大きな理由です。
さて、そんなワタクシがどうしてオリジナルソングをやるのを承諾したのか…
それはまた次回。
さいなら〜
…ん?
気になるざんすか?
そうざんすか‼︎
そんなに気になるのならお教えしましょう!
かなり長くなるけどもう少しお付き合いを。
さてさて…そんな感じで迎えたHELL DUMP最初のライブは、真夏の暑い暑い日でした。
場所は茨城県つくば市にあるPARKDINERというライブハウス。
ご存知の方もいるかと思いますが、今では我々の秘密基地となっている誇り高き場所です。
本番前にサタンさんにポスカで顔に落書きをされて、無我夢中でライブをやりました。
ライブが終わってフロアに行くと、興奮したお客さんがハグや握手を求めて来ました。
…んん⁉︎
なんだこれは‼︎
良かったのかな?
我々のライブよろしかったのかな?
なんか心地よいな〜(´-`)
PARKDINERのスタッフの皆さんも褒めてくれたのですが、「これはきっと営業トークだろうなー。」と信じていませんでした。
※その後本心だった事を知り、嬉しいやら恥ずかしいやら(笑)
そんなリアクションを目の当たりにしたら、もう少しライブをやりたいなと思うのが人間でございます。
そして、2回、3回とコピーバンドとしてライブをしました。
演奏はとてもひどかったけど、なんか充実感がありました。
確か3回目のライブが終わった頃かな〜?
サタンさんが「オリジナルをやろう!」と言い出しました。
ワタクシは「普通のメタルバンドはやりたくない。」と答えました。
どうしてもオリジナルソングでライブがやりたかったんでしょう。
数日後、サタンさんはそれまでとはちょっと違った楽曲を持ってきました。
それが「殺人力士」を始めとする摩訶不思議な魅力を持った楽曲たちでした。
「おっ!これなら楽しめるかも!」と思い、「そこまで言うならオリジナルもやってみようか!」という気持ちになりました。
今思うと、なんで最初にこの曲を持って来なかったんだろう(笑)
んで、なんだかんだ今に至るワケざんす。
ダラダラ長くなっちゃったけど、HELL DUMPを一回限りで辞めなかったのも、そして9年間続けて来れたのも、チヤホヤしてくれる皆様のおかげざんす。
ホント感謝の気持ちでいっぱいです‼︎
「凄くカッコよかったです‼︎」
「衝撃でした!」
「ファンですー‼︎」
「面白くて最高!」
「アホやな〜!」
「一緒に写真撮って下さい!」
「感動して泣いちゃいました。」
「また来て下さい‼︎」
「アメーバやべー!」
「アメーバ超イケてる‼︎」
「アメ様が一番好き!」
素直にこんな事を言ってくれる人類のみんなは最高にステキだと思う。
褒められて嫌な気持ちになる人造人間はいません。
ワタクシも、好きなモノは好きと言える気持ちを抱きしめていたいと思います。
最後に、9というのは特別な数字です。
「キュ〜〜ちゃん!」
「キュ〜〜〜〜ちゃん!」
昭和を代表するTV番組「鶴ちゃんのプッツン5」で片岡鶴太郎氏が良く言ってました。
そんな特別な周年という事もあり、HELL DUMPは色々チャレンジして行きますぞ!
うひょひょー!
「出れんの!?サマソニ!? 2019」に応募しちゃったもんねー。
全く音沙汰ないけどねー。
メール届いてないのかな?
もう一回送ってみようかな?
…あ、もう応募期間過ぎてた。
…。
まぁ、いいや。
今年も皆様のお近くのライブハウスにお邪魔しに行きますので、どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
最後まで読んでくれてありがとね!

