セイラッターのHIP HOP JUNKIE !! -169ページ目

あーん帰ってきちゃったー

帰ってきましたー東京にー

あー帰りたくないよー
おじいちゃんといたいよー
リハビリはしてますが、脳梗塞で、
症状が出てから病院に行くのが遅かったので、今は話すことも出来ません。

大幅な回復も見込めないでしょうと、
病院の先生に言われてしまいました。

他の人には、赤の他人のただのおじいちゃんですが、本当に素敵なおじいちゃんなので、今日はおじいちゃんのこと、

書きたいと思います。

うちのおじいちゃんは、医者で開業医。
愛媛の田舎で病院を営んでました。

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小さい頃は物凄く貧乏で、私のひいおじいちゃんは、酒浸りの最低人間。

ひいおじいちゃんはおじいちゃんに軍人になれと言って、医者になりたいとゆうおじいちゃんに大反対でした。

なので、奨学金で医学部に行き、
常に卒業するまで奨学金を貰うためにはずっと、5番以内にいることが条件でした。

おじいちゃんはすごく頑張って、そのまま卒業。
医者になってからも、ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんの生活費、
お酒に消えるとわかっているのに、
おこずかいも渡し、

子供6人の養育費、
うち2人はアメリカ留学、
1人は医学部、
2人は東京の私立大学、
もう1人も大学。

おまけに1番下の兄弟とは、20歳も離れていて、ひいおじいちゃんは酒浸りの毎日でもちろん無職。
だから、1番下の弟の養育費もおじいちゃんが出してたそうです。

お陰でうちの母親は、小さいころは、
稼ぎは他の家よりもいいはずなのに、
だいぶ貧乏な思いをしていたようで。

他にも、お金に困っている人がいれば、貯金を崩しても何十万単位でお金を包んで惜しみなく人を助けてあげる、お人好しが過ぎるほどの優しいひとです。

85歳の先月倒れるまでずっと、
働き続けて、本当に働きもの。

私の母親を含め、子供が6人もいるせいか、未だに兄弟間での摩擦があります。

医者になった叔父は、おじいちゃんへの恩も忘れ、病院を乗っ取ろうとし、
病院の運営費はすべて持っていってしまいました。

そのせいで病院を閉めることになっても、文句ひとつ言わずに、外へ健康診断や、献血に出稼ぎに出る。

風邪をひいたところすら、
見たことがなかったおじいちゃんが、
病院のベッドで寝ていて、
おまけに後遺症で、話も出来ないなんて、
近い人でそんな様を見たことがまだなかった私にはかなりの衝撃でした。

でも、幸い、左半身は動きませんが、
右半身が動くので、脳も、考えたり、感じたりするところは、そのままで、
あたしを見て嬉しくて涙を流してました。

手を握ると、ぎゅーっと力一杯握り返してくれて、嬉しかったな。

一時は、私たちが帰る日まで、
生きているかも微妙なほどだったみたいだけど、私が着いた時には顔色もよくって、安心しました。

これから、2ヶ月後くらいに、
リハビリ病院に転院する予定です。

大幅な回復はないだろうと、
言われたけど、セイラはあきらめませんよ!

また、話せるようになると信じて、
離れてるけど、おじいちゃんを
支えます!!

手紙を書いたり、写真を送ったりして、辛いリハビリでも、励まします!

医療費も、かなりの値段がかかります。
私の母親はお金を包んでおばあちゃんに渡してましたが、他の兄弟、親戚は、お見舞いには来るものの、
白状で、なんの援助もないそうです。

おじいちゃんへの感謝とか、そういう感情がないのかな。


ひどすぎます。

お金の面でも、ほんの少ししか、
役には立ってあげられないけど、
最悪、私も協力するつもりです。

今までずーっと家族、困っている周りの人のためにがむしゃらに働いて、支えてくれたおじいちゃん。

お疲れ様でした。

これからは、自分のことだけ考えて
ワガママに生きてほしいな。





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