「ボヤ事件 1」 からの続き
私はすぐに手前のテーブルに置いた電話の子機を手に取り、119へ発信しました。
「はい、消防です。」
「すいません。コンロから火が出ています。てんぷら油が燃えています。」
「では、まずお名前と、ご住所をおっしゃって下さい。」
「~です。~市~町~です。」
「今、家の中にはどなたが居ますか?」
「私と、6歳の男の子です。」
そんなやり取りの間にも、燃え上がった炎は壁を焦がしています。
床には、天井に据え付けた電灯の笠がぐにゃりと曲がって落ちています。さっきのガシャンという音は、これが落ちた音だと分かりました。
私は、燃えている火を見ながら、消防を待つなんてとても出来ないと思いました。
自分で出来ることを今すぐしなければ、もっと酷いことになってしまう。
――――――家が燃えてしまう・・・・・・
その時、私は思い出しました。
阪神大震災を経験してから、私はずっとお風呂のお湯は翌日の入浴時まで、捨てずに貯めていたことを。
そして、ボロボロになって捨てようとしていた毛布を。
「あのっ、すみません! あのね? うち、お風呂のお湯を貯めてあるんです。何かあった時の為に。そのお湯に毛布をつけて、濡れた毛布を被せてみたらどうでしょうか!?」
「・・・・・・あぁ・・・お風呂・・・おいてあるんですか?」
「そうなんです! どうでしょうか!?」
電話口の消防署員の方は少し考えていましたが、私のその考えはほとんど確信に近く、その返事を待つ間も惜しいとばかり、私は子機を投げ捨てると、リビングへ毛布を取りに走りました。
そして、それを湯船の中へ。
水を含んで重くなったそれを、私は引き摺るようにキッチンへ運び、狙いを定めてコンロへ投げました。
一発目のそれで、表面上の炎が一瞬で無くなりました。
けれど、フライパンが解けてコンロの下に漏れた油が、まだ燃えています。
私はもう一枚、毛布を取りに行き、同じ事を繰り返しました。
今度は表面の炎が無い分、的確に多い被せることが出来ました。
私は子機を拾って、声を掛けました。
「すみません! 繋がってますか?」
「あの~」
「火が消えました。でも、コンロの下の火がまだ燃えてます。あっ!消えてきました。消えて・・・消えました! 火が消えました。」
「あぁ、そうですか。もう消防隊が向かっていますから、そのままお待ち頂けますか?もう向かってますからね。」
「分かりました。このまま待ちます。すみませんでした。」
そして私は、リビングへ行き、部屋着のズボンからジーンズに履き替え、よきちに言いました。
「今から、すごくたくさん人が来るけど、もう大丈夫だからね。ここでそろばんしててな。」
そして、数問解かれた問題に丸をつけてやると、玄関から出て消防を待ちました。