小学校高学年の頃ぐらいからか、
自分の死後について考えるようになった。
自分が死んだあとも地球は回るだろうし、
大多数の人がそれまでと何も変わらない生活を続けるだろう。
その中に1人でもいいから自分の事を覚えてくれてたらいい、と思っていたし、
何処かに自分が生きた証が残ってたらそれでいい、と思っていた。
でも、自分の存在を覚えてくれている人もいつかはなくなり、
人間という種族もいつかはなくなるだろうし、
地球ですら、太陽の寿命がくる時には飲み込まれてしまう
と思うと自分という存在があったことは残せないんだな
そして自分が意識を持たない時間が流れて
宇宙もいつかは収縮を始めまた無に帰る

そんなことを考えては不安になってた。
もちろん、その不安は解消されたことはない。
ただ、普段の生活ではまわりに気をとられあまり考えないだけだ。
1人でいるのたまに思い出して
抗えない虚しさをおぼえる。

生きる意味ってなんなんかね?
まだ、死にたくないけど、
最後は無なんだよね?


iPhoneからの投稿

後期の目標は
•前期よりも成績を上げること。
•バイトを始めること。

成績は前期のもので満足してるんだけど、
維持を狙うと落ちてしまうから、
上げることを狙う。
評定のBをへらして、A,Sを増やす。

バイトは、来春の東京旅行の資金集めに。
また、初めてのバイトになるので、よい社会経験になるとおもう。

これからの半年間の目標。




iPhoneからの投稿

まわりにいるアーチェリー部員たちを見てて感じた弓道との違い。

弓道やと、的に中る、中てる
アーチェリーやと、的に当たる、当てる
読みは一緒でも漢字の違いは大きいように感じる。
そして、
弓道は引く
アーチェリーは射る

弓道は弓を正しく引く、正しく離れることが目的であり、その結果として矢が的に中る
つまり、弓道は引くことに重きを置いている
一方アーチェリーでは射る
つまり的を射ることを重要視しているように感じられる。

自分はアーチェリーの経験がないので、
比較するにも知識が足りないのだが、
上記の違いでは弓道の方が好き


iPhoneからの投稿