どうも。早稲田志望の浪人生です。去年はまったく成績が上がらずダラダラ一年を過ごしてしまい今年また受験生活をしております。
それでも、去年と比べると平均して倍くらいは毎日勉強できていると思います。
そんな毎日ですが、やはり順調と言えるわけでもありません。なかなかの大変な戦いになりそうです。
今日はそんな中で、現代文という科目について話してみたいと思います。
現代文という、つかみどころのない科目は本当に勉強する上で大変です。元々得意な方もいらっしゃったりする科目でもあるの非常に苛立ちますね笑笑
先日も現代文にはかなり悪戦苦闘していました。
しかし実は去年の段階で現代文は問題によっては満点をとれてたりもしたんです。しかし、落差が激しいんです。原因は何か?ずっと考えていました。語彙量かとも思い、語彙力に対してもアプローチしてみたりしていている中で、ある一冊の本に手を出しました。
酒井先生の「現代文ミラクルアイランド」という本です。去年の早稲田対策授業を1コマとっていたこともあり、何より語尾「ね」っと必ず言う特徴的な先生でもあって面白かったので、思わず買ってみました笑
(ちなみにその時の授業の内容はチンプンカンプンで授業30分で理解を諦めました笑)
今まの基本的な現代文に対するアプローチは対比軸を捉えることに徹底していました。つまり筆者の意見と一般論と呼ばれるよな対立軸を意識して問題を解いていく王道的なやり方です。
例えば、私は、猫ではなく犬が好きだ。という英文があれば、猫と犬の対比だと考えるようなシンプリルな捉え方です。
一方、酒井先生の本では、繋げることと分けることを意識する現代文の解き方でした。
つまり、分ける事とさらに繋げることも考えるのです。この繋げる作業とはなんなのか?
繋げる事によって得られる事は文脈の流れを追う事ができると言うことです。
対比軸は必ず1つとは限りません。
例えば、ある国では子供という概念せず、皆大人として扱われる。そこでは、一人で寝れない期間を小さい大人とし、1人で寝れるようになると立派な大人となる。
こんな文があった時、二項対立だけで考えると、
子供と大人の対比と考えてしまい、そこではからの文を文節分けできなくなる。つまり、大人をひとくくりとして捉えかねない。
一方で繋げると、
子供はいない 大人である。
一人で寝れない。→小さい大人
一人で寝れる→立派な大人
このように分けて繋ぐことができる。ちなみに、ここで自分にとって、めっちゃくちゃ役だった知識は否定は対比の合図であると言うこと。
子供はいない。→大人はいる
寝れない→寝れる
のように、否定には必ず対比構造が浮き彫りになる。
またもう一つアドバイスすると、
「階級制度が曖昧になった」
この文簡潔に述べれば、階級制度がなくなったと同意である。曖昧とは、薄れること。つまりなくなる。と言うように否定表現となる。つまり、否定表現はない。だけでなく文中に隠されている場合が多々あるのだ。
ちなみにこの本の冒頭だけ1日読んだだけで、現文の世界観がより深くなったと感じた。特に早慶以上の難関大では、現代文を精読と捉えられるようにならない限り、合格点は見込めないと思う。
そういった意味で非常におススメの本だ!
ダラダラと自分本位書いてしまったが、書き直せる時間があればこの内容も後でしっかり書き直そうと思います。わかりずらくて申し訳ありません。
最後に!
現代文は高度なパズルだと思います。言葉とは多岐にわたって表現がありますが、述部に来る表現はそうである。そうでない。という二種に分類できると言うことです。
例えばカエルが好き。という文があれば、筆者はカエルに対して+なわけです。
先ほどの「階級制の曖昧化」も階級制制ではない。ってことだから、みな平等であるということです。難しい言葉は、見事に言い換える事ができます。現代文は理解する科目です。理解するためには性質を知り、言語を深めていくことが重要だと思います。これからも入試まで語彙力継続して伸ばしていこうと思います