連休を利用して、長野県の飯山市、野沢温泉へ。
写真は飯山駅から野沢温泉へ向かう中途で見た絶景の田園風景。

初の北陸新幹線乗車も目的。やっぱりサンダーバードより、ずっと快適。
金沢から長野は電車で楽に行ける場所では無かったが、これからは気軽に行ける場所になった。
カネさえ惜しまなければね。



飯山市は寂しい街だが、雁木通り近辺の仏壇屋横丁の風情は素敵でした。
新幹線開通で、この街も発展できるのかな。
北信州はやや北陸っぽくて暗い印象があるが、情緒があって落ち着く場所です。

שףשףשףשףשףשףשףשףשףשףשףשףשףש

健康について、8月下旬より、生活習慣見直し、
アルコール一切止め、お菓子やパンは禁止、寝る前三時間は食事禁止、
起きた後はまず白湯を飲む、牛肉と豚肉は控えて蛋白質は魚と大豆からーーー、
といった食生活をした結果、82kgから77kgまで減りました。身長は180です。
五年前の健康診断では76kgだったから、その頃の水準に戻ったのだけど、
こんなに急に減るとは思わなかった。

多少ジムに通って運動したものの、減り方が急で怖い。
減りやすい内臓脂肪から先に落ちたのだろうか。皮下脂肪はまだ結構あるようなので。
あんまり急に減ると、癌じゃないかとか考えて恐ろしくなる。
ま、体力が衰えたという感じは無く、むしろ軽快になっているのだけど。



彼岸。墓参り。彼岸花が咲き乱れ。
私はまだまだ墓には入りたくないヨ。

前回行われた健康診断では、本格的ではないけど、やや「肥満体の入り口」という診断でした。
周囲の人からは、「太っているようには見えない」と言われるし、自分でも日常の生活に
全然体力不足は感じないので、あまり気にしていなかったのです。

しかし自分も初老を過ぎて、そろそろ癌など、重病が発生しても不思議でない。
かなり反省して、8月の下旬より3週間あまり、アルコール、お菓子類は厳禁、
肉食は出来るだけ控える、、という食生活に変えて、3kgほど体重が減りました。
私のレベルなら、これで標準体重の範囲内に戻りました。

さらなる体力の増進と、生活習慣病の回避を目指して、近くのスポーツジムの正会員になり、
先週金曜日から三日連続で、トレーニングしてみた。

結果、自分では「体力がある」と思ってたのが恥ずかしくなる。
どう見ても60歳くらいのオバちゃんが、ウォーキングマシンに乗って、
ハイペースで走ってるのに、私は時速8kmの早足を20分くらいやっただけで汗だく💦。

毎日パソコンでの仕事で、一日中、体に合わない会社のデスクに座り、仕事していれば、
身体もおかしくなってくるよ、と思うのですが。
ここ1年は、体調に不安少なく、概ね健康に暮らせた。
しかし、ここ2週間ほど、また色んな症状に悩まされている。

みぞおち、脇腹に圧迫感、稀に鈍痛
背骨や肩のコリ、稀につま先の痺れ

近所のクリニックに行くと、老医が「それは自律神経失調やで」と断言された。
西洋医学の医師が、検査もせずに断言しちゃって良いの、と思う一方で、
長い医師としての経験がそう言わせてるのかな、とも思う。85歳くらいの医師でした。

自律神経失調系の症状は、癌の初期症状に近い。
その上、父と叔父を膵臓癌で亡くしており、あれは遺伝性が強いとも言う。
膵臓癌患者のブログ検索すると、結構若い人も罹患している。
遺伝以外に、癌になりやすい要素に乏しいけど、罹患しても不思議じゃない。

彼らのブログを読んでると、自分もかー?と考えてしまい、
死について、考えてしまう。死というのはやはり怖い。
私にとって死の恐怖とは、知覚する主体としての自分が消えることで、
世界そのものが奪われるという恐怖。
一方で、自分が生まれる前の歴史や映像を観ると、
その時自分が存在していなかった事に恐怖を覚える。

大阪万博の時は、私は存在していなかったのだ。
死ぬという事は、この時の状態に戻されることなのだけど。



こういうことを考えてばかりいるから、交感神経が優位になり、
睡眠の質も悪化し、免疫力が低下し、、、というスパイラルに突入するのかもしれない。


同じ年齢の知人宅訪問したところ、どこかの神社の大きな厄除け札がテレビの横に飾ってあった。
「だって厄年だよ、おめーも厄年じゃないの?」って。知らなかった。
こいつ、そんなに信心深い奴だとは思わなんだ。

しかし、いつ死病に侵されても不思議じゃないし、交通事故に遭っても不思議じゃないし。
交通事故については、気をつけてはいるんで、遭わないという自信がかすかにあるけども、
病気については自信が無い。最近、左の上腹部がたまーに違和感があり、ここは
膵臓関連とのこと、父も叔父も膵臓癌で他界しており、ともに血縁者であり、
家族に膵臓癌の人がいるとリスクが高まるというから、自分も死ぬときは膵臓癌なのかな、と。
他の癌と比べて、予防法が今ひとつ明確じゃ無いので、余計に恐ろしい。。。
喫煙してないし、飲酒も控えめだし、肥満じゃないし、糖尿で無いけど。

もうじき死ぬかもしれない、、という心の準備をしておくべきかもしれないな。
まさに。人間は、何気無い毎日を過ごすと、自分が死すべき運命ということを忘れてしまう。
元気いっぱいの高校球児だって、翌日に死ぬ可能性ゼロではないのだ。

そう考えると、人間にとって大事なことは、常に死にゆく準備をすることと、
生きている事実の何気無い喜びを大事にすることだな、などと、つくづく思う。
しかし、こりゃ難しそうです。

先月、「祖父が他界した」ばかりですが、実はこの盆休みの最中、後を追うように
祖母も他界しました。間は一ヶ月もありません。

もともと祖母は末期癌で、そう長くはないだろうと思ってました。
祖父が、「喉が詰まった」という、高齢者にありがちな要因で急死したので、
二人の死期が同じ時期に重なってしまったのです。

実はいうと私は20人近くいる孫や曾孫の一人に過ぎないし、
長いこと遠方に住んでいて、祖父母とは年に数回しか会わない状態だったので、
あんまり実感が湧かない。
近隣に住んで、日常的に会っていた孫とは悲しみの度合いが違うでしょう。

私が懸念してるのは母のことで、いくら90歳越えの長寿で大往生とはいえ、
両親を立て続けに亡くしたというのは、心理的のどうだろうかと憂慮しています。

自分もこれで、四人いた祖父母全て失いました。
近しい親族が死ぬと、自分の番が近づいてくるような気がして、世の無常感じますね。