前の記事から少し時間が経ってしまいました、すみません。

 

以前、レ・ミゼラブルが、世界初演はフランス語でパリにて上演された、という話を書きましたが、その後、フランス語で上演された歴史と、それを今でも楽しめるCDの数々について、語ろうと思います。

 

1980年にパリで初演された、世界初演バージョンは、今とだいぶ構成が違っていました。例えば、まず、仮釈放されたバルジャンが燭台をミリエル司教の家から盗むプロローグの場面がありません。それから、現行版の「夢やぶれて」と「オンマイオウン」にあたる二曲が、双方ともにファンティーヌの歌でした。ちなみに「オンマイオウン」は当初は「L'Aire de La Misère(惨めさの空気)」というタイトルで、ファンティーヌが工場から解雇された時に歌うのはこちらの歌で、「夢やぶれて」は髪を切られた後に歌っていました。また、エポニーヌには、今は存在しない「L'Un vers autre(お互いに)」という、とても悲しいソロが存在しており、こちらは現行の「心は愛に溢れて(A Heart Full of Love)」の後に歌われます。そういう細かい構成の違いも含めて、とても興味深いです。こちらのコンセプトアルバムを聴いてみてください。

 

 

 

その後、ロンドンで大幅に改定された英語版のヒットを受けて、1991年にパリでフランス語版が再演されます。この時の演出やデザインは、ロンドン版をそのまま引き継いでいました。ハーバート・クレッツマーが書いた英語詞に基づき、元々のフランス語の作詞家であるアラン・ブーブリルが新たにフランス語歌詞を書いていますが、こちらも翻訳というよりは書き直し、といった印象です。パリ初演時の歌詞に手を加え、更には英語詞に着想を得ながらも、かなり自由に歌詞を書いています。今のレミゼをフランス語でお聞きになりたい方は、こちらの二枚組のアルバムが一番良いかと思います。

 

ちなみに、コンセプトアルバムとこの再演版のCDを合わせた4枚組の「L'intégrale(完全版)」セットなんかも発売されていたりします。

 

 

それから何年も経った2008年、カナダのフランス語圏ケベック州にて、ケベックシティ創設400年を記念してフランス語版での上演がなされました。この時は、演出もデザインも完全に独自のバージョン。編曲にも変更が加えられました。この公演は絶賛され、翌年にも再演されました。ハイライト版ではありますが、キャストレコーディングも発売されていて、少し趣の異なったレミゼを楽しめます。

 

 

 

それから2017年に、フランスでコンサート版のツアーが行われました。これは、我々が映像などから知っているコンサート版レミゼとは違い、演出も異なった独自のバージョンです。この公演はレコーディングもダウンロードの形で購入できます。

 

 

ダイジェストではありますが、公演の様子が、こちらから伺えます。

 

 

 

以上が、原作が書かれたフランス語で楽しめるレミゼのレコーディングの一覧でした。フランス人がフランス語でフランスの物語を語る、という文化に即した形でのレミゼを楽しんでみたい方は、ぜひこれらのCDを探してみてください。もしかしたら、舞台版の原作者であるアラン・ブーブリルとミシェル・シェーンベルクが本来意図していたレミゼの世界を垣間見ることができるかもしれません。

 

 

 

 

昨日、ツイッターでディズニー映画「眠れる森の美女」のテーマソング「いつか夢で」の訳詞の変遷について書かせていただきましたが、もう少し語っておきたいと思います。

 

「眠れる森の美女」が米国で初公開されたのは1959年。アニメ映画として初めてのワイドスクリーン映画。また、ウォルトが生前関わったおとぎ話を題材にした作品としては最後の映画で、その後1989年の「リトル・マーメイド」まで同様の映画は現れませんでした。実は、公開当時は興行収入がそこまで振るわず「失敗作」とレッテルを貼られたのですが、その後の再公開を重ねる度にじわじわと人気を集め、現在の名作という地位を確立したのでした。

 

日本での初公開は1960年、つまり米国での公開からたった一年で公開がされたわけです。この時に作成された吹き替え版は、制作の総指揮を務めたディズニー海外技術部長ジャック・カッティング氏も太鼓判を押すほどのクオリティで、その後、長らく吹き替え制作のお手本とされていました。ツイッターでも書いた通り、全編を通して文語調の歌詞や雅な台詞回しが散りばめられており、とても作品の雰囲気とマッチした吹き替え版でした。この吹き替え版は、1988年の劇場再公開時に発売されたサウンドトラックCDと1989年に発売されたVHS・LDに収録されておりますので、頑張って探せば聴くことができるかもしれません。

 

しかし、録音が行われてから30年もの時がすぎて年月ともに音質の劣化が進み、作品の中の言葉遣いも時代にそぐわないものとなってきて、ディズニーは1995年に新しい吹き替え版を作ることになります。この時、訳詞で参加されたのは、ミュージカル「アニー」の訳詞で有名な片桐和子先生です。そして主役オーロラ姫の声は、「リトル・マーメイド」のアリエルで高い評価を受けたすずきまゆみさんが、フィリップ王子は同年に公開された「ポカホンタス」でジョン・スミスの声と歌声をそれぞれ担当した古澤徹さんと立花敏弘さんが務めることとなりました。3人の良い妖精のひとりを、野沢雅子さんが担当するなど、周りを固める声優陣も豪華です。台詞回しは今の時代の子供たちに分かりやすいものに変更され、その後は、この吹き替え版が全てのリリースで採用されることになります。

 

今の子供達で'60年版の吹き替えの存在を知っている子は、ほとんどいないかもしれません。もちろん、現行の吹き替え版のクオリティも素晴らしいですし、「リトル・マーメイド」を愛する私としては、すずきまゆみさんの歌を堪能できる作品として個人的にもとても大切な吹き替え版となっています。けれど、時々、古き良き日本語の良さが香る旧吹き替え版を聴きたくなってしまうのも確かです。

 

もし可能でしたら、ぜひ両方を聴き比べていただけると、日本語が、そして日本人の感性が、時代と共にどのように変化しているかをしみじみと感じていただけるかと思います。

 

(1988年発売の旧吹き替え版サウンドトラック)

 

 

 

 

 

 

今回は、映画版と舞台版の違いについてお話ししたいと思います。

 

まず、最も大きな違いは敵役です。

 

映画版の敵役は、怪僧ラスプーチン。ロシア革命が起きたのはロマノフ一家に捨てられて逆恨みした彼の呪いが原因、という設定で、一家の皆殺しを画策したラスプーチンが生き残りであるアーニャを追いかける、という筋書きになっています。

 

一方、舞台版はこのファンタジーな要素を排除し、ボリシェヴィキの将軍グレブが敵役です。ロマノフ一家の処刑に関わった父の思いを遂げるためにアーニャを追うグレブ。この設定の他にも、当時の政治の情勢を描くなど、社会劇としての要素が映画版より膨らんでいます。

 

それから楽曲。

 

もちろん多くの新曲が舞台版に合わせて作られましたが、映画版から採用された楽曲も構成が変わっていたりします。例えば、アーニャの"I want"ソングであるJourney to the Pastは、映画版では冒頭のアーニャの旅たちの歌になっていましたが、舞台版では一幕の幕切れの歌となっています。

 

これは、この曲が最も有名な曲なので一幕のクライマックスに持ってきたかったというのもあると思いますが、それに加えて、脚本の中のアーニャの位置付けの違いも関わっているのでは思っています。幕開けのアーニャは映画版よりも消極的な性格に描かれているので、彼女の自我の芽生えであるこの歌を一幕最後に持ってくることで、彼女の旅を通しての成長が明確に打ち出されるという効果があるわけです。

 

舞台版を観たけれど映画はまだ、という方は、ぜひ映画を。

その逆の方は、ぜひ舞台を。

 

見比べながら、作品を多面的に楽しんでいただければと思います。

 

(映画の20周年を記念しての特別カーテンコール。アニメと舞台のアーニャのJourney to the Past の共演)