《本居宣長は「学問して道を知らむとならば、まず漢意（からごころ）を清くのぞき去るべし」とくりかえし説いた。理知を偏重し、道徳的批判を好む儒学の道々しさと、禁欲をすすめ、人の真心（まごころ）（篤胤はこれを本情といった）を曲げて人の世を住みにくくする仏教をしりぞけた》（林房雄『大西郷遺訓』（新人物往来社）、p. 49）

　學問して道を知らんとならば、まづ漢意を清く除き去るべし。漠意の清く除こらぬ程は、いかに古書を讀みても考へても、古の意は知り難く、古の心を知らでは、意は知り難きわざになんありける。―『玉勝間』

（学問をしてわが国古来の「道」を知ろうというのであるならば、まず自分の心から漢意を取り去りなさい。この漢意がすっかりと自分の気持の中から除き去られないならば、どんなに古い書物を読んでも考えても、古代精神は理解しがたく、古代精神を知らなくては、「道」は到底理解しがたいものだ）― 「玉勝間」学問をして「道」を知ることについて：『古典日本文学全集34 本居宣長集』（筑摩書房版）、p. 40）

　「『漢意』を取り去れ」と宣長は言う。言われてみればその通りである。明治以前の日本は、漢籍を非常に重んじていた。したがって、知らず識らずのうちに、漢意の影響を受けていたはずである。が、これでは、漢意という色眼鏡を通して日本の歴史を見ることになり、理解と判断が歪む。漢意を取り去って日本の過去を見なければ、日本古来の「道」を知ることは出来ないということだ。

　そも々々道は、もと學問をして知る事にはあらず、生れながらの眞心なるぞ道にはありける。眞心とは善くも惡しくも生れつきたるまゝの心をいふ。しかるに、後の世の人は、おしなべで、かの漠意にのみ移りて、虚心をば失ひはてたれば、今は學問せれば道を得知らざるにこそあれ。―『玉勝間』

（だいたい「道」は学問をして理解するものではない。人間が人として生れながらの「まごころ」というものこそ「道」であるのだ。「まごころ」とは、よくとも悪くとも人間が人として生れついたままの心を言うのだ。だのに後世の人は、総体に漢意にばかり感化されて、「まごころ」をすっかり失ってしまったので、現代では学問をしなければ「道」を理解しないわけなのだ）― 同、本居宣長集

　人には生まれもって「眞心」がある。この「真心」の先に「道」がある。が、世の中が漢意に汚染されてしまっているために、「道」が見えなくなってしまっている。「道」を見るためには、学問によって漢意を取り除かねばならなくなってしまっていると宣長は言うのである。

『西郷南洲遺訓』を読む（69）漢意を取り除くこと